ジェラシーと溜め息と傍観者





必要に応じて不定期に催される主将・福主将会議(昼休み、於7組)は、毎回「じゃー以上か?」という花井の確認の言葉でフィナーレに近づく。
本人は気付いていないだろうけど、本当に毎回の雛型みたいになっているセリフだ。

話し合い忘れたことがない限り、花井のその言葉に栄口は「だねー」のような相槌をうち、阿部が「じゃ終了ってことで」みたいなことを言って締めとなる。

栄口と阿部のセリフは日によって時によって違ったり順番が逆になったりするけれど、花井の「じゃー以上か?」はサザエさんの次週予告のセリフ      
来週もまた見てくださいね!じゃん、けん、ぽん!うふふふふふ、と同じくらいのお定まりだ。

花井は(全力で)否定するだろうけど、根っからの主将気質なんだろうなあと栄口は思う。
クラスの委員長だって余裕でこなせそうだし。

やろうと思えば生徒会とかだってやれそうだ、と思ったとき、「それはないってー!」という大きな声が離れたところから聞こえてきた。

      会話になったぞ、水谷

我らが主将の可能性を否定した左翼手は、そんな栄口の心中を露知らず、大口を開けて笑っている。
女子3人を相手にしているあたりがさすが水谷といったところか。



「騒がしいなあ、アイツは……」

頭痛でもするのか、眼鏡をはずして眉間をこすりながら花井がぼやく。

「楽しそーだねえ」

とりなすように栄口が言うと、「つか仲いいよなーアイツら」と言う声がぽそりと聞こえた。
頬杖をついた阿部だ。

「え、アイツら?」

阿部の言葉を受けて、栄口はもう一度、水谷が話している子たちを見直してみた。
その顔ぶれを確認して、ああなるほどと納得する。

阿部はミーティング終了後、花井や栄口たちの雑談に積極的に参加してくることはほとんどない。
だいたい話し合いに使ったノートとにらめっこをしているので、ミーティングが終わっても頭は野球モードのままなのだろうと思う。
そういうときに栄口が話かけてみても、生返事しか返ってこなかったり、「あ、ワリ、聞いてなかった」とうそぶいたりする。

それが今日はやけに切り換えが早いなと思ったら、水谷と話している女子のなかに、がいた。
いくら阿部でも、自分の彼女のことはさすがに気にかけるんだな、と栄口は感心した。
が、瞬時にイヤ待て待てと心のなかで首を振る。
それフツーのことじゃんと自分自身につっこみを入れる。
別に感心するところじゃないぞ、俺。



「阿部……。気になんの?」

花井がなんだか恐る恐る聞く。

「気になるっつーか。アイツ俺といるよりよくしゃべってんなーと思って」

阿部の視線を追いかけて、栄口はを観察してみた。

さんっていー子だよねえ、と水谷に同意を求められたことがある。
栄口はと小学校も中学も同じだし、何回か同じクラスになったこともある。
でも水谷の言葉に「そーだね」と即答できるほどに親しいわけではない。
そりゃあ挨拶くらいは交わしたことはあるだろうけど、そんな印象に残るほどの会話をした記憶はないのだ。

水谷のがよっぽど仲いいんじゃないかなと思う。
好きな音楽とか映画とかが似てんだよねー、とうれしそうに話していた。
そのうれしい気持ちは栄口にもよくわかる気がする。
自分の好きなものを誰かが「俺も好き」と言ってくれるのって、単純にうれしい。
もきっとそうなのだろう。
今は何が話題になっているのかは知らないが、水谷の言葉に、にこにこしながら返事を返している。
うん、アレは確かに仲良しに見える。

「阿部の前じゃあんましゃべんないの?さん」
「しゃべんなくはねーけど。なんか今のが楽しそ」

あれ、と栄口は思った。
今の阿部の顔は、いつも通りの、たれ目が少し眠たそうな印象を与える、けれど平然とした表情だ。
でもひょっとして。

「阿部、妬いてたりする?」
「は?」

阿部が、水谷たちのほうから栄口へと視線をよこした。
そして、やくって何を、と、とぼけているのか真剣にボケているのか、怪訝そうに眉を寄せる。

「だーからー。ヤキモチだよ。嫉妬。ジェラシー」
「あー。なんだそういうことかよ」

怒って否定するのかと思いきや、「はじめからちゃんと喋れよな」なんて文句をつけられた。
お門違いだ。

「イヤふつーわかるでしょ。話の流れからして」

なあ、と花井に同意を求める。
すると花井は、なんだか話に巻き込まれたくなさそうなそぶりで目をそらした。

「あーうん……。でも阿部だし」
「なんだよソレ?」
「イヤ別に」

茶を濁すような対応をされて、阿部は心外そうに顔をしかめる。
話題がそれていきそうな空気を察知し、栄口は「で、どーなの?」と軌道修正を試みた。
野球から離れるとどうしてこんなにも散漫になるんだろう阿部って、とちょっとあきれながら。

「どうって何が」

ほら、こういうところ。

「ヤキモチ妬いてんの?って話だよ」
「ああ。別に妬いてねーよ」
「ヤじゃないの?さんが水谷と楽しそーにしてんの」
「別に?」

阿部の答えがあまりに無頓着にだったので、栄口は拍子抜けした。
なんだつまらない、からかってやろうと思ったのにという自分自身のための落胆と、
ちょっと淡白過ぎやしないかというへの同情を覚える。
ので、もう少しつっこんでみることにした。

「ホントに?ぜんぜんまったく?」
「話すくらいで妬かねえだろ」
「ホントにー?」
「ホントだよ、しつけえな」

いらっときたのか阿部の眉間が狭くなる。
阿部の低い沸点に抵触しそうになっていることに気付いて、栄口はおとなしく「ふーん」と言って引っ込んだ。
阿部の怒りをなだめるのなんて、部活中だけで十分過ぎるほど間に合っている。
そろそろ教室戻るか、次数Tだっけ、めんどいな、などと考えていると。

「まーでも」

聞こえてきた阿部の声が平常に戻っていたので、栄口は「お?」と思い、5時間目のことに流れかけた意識を引き戻した。
阿部はまた水谷たちのほうを眺めている。

「水谷のこと、ドツキたくなったり蹴っ飛ばしたくなったりはすっけど」

あとすんげーフリーバッティングやりたくなったり。



栄口は阿部の顔をぽかんと見つめた。
斜め前から見た阿部の顔は、表情ひとつ変わっていない。
真正面からだろうと横からだろうと上からだろうと、
きっとどのアングルから映したって、素そのものだっただろう。
なので。

「……っ」

栄口は声も出さずに机に突っ伏した。
全身を震わせて、泣いているのではない。
大爆笑中なのだ。

「は?なに?」

なんだよ、と言う阿部の声が素直に驚いている。
なんだよはこっちのセリフだ。
お前のソレこそいったいなんだ。

「っは、ひい、おかし、もーやだっ」
「……花井、栄口が壊れたぞ」

栄口がやっと単語をまともに発音できるようになったとき、阿部があきれ顔で言った。
事態収拾を押し付けられた主将をちらりと見て、栄口は花井が会話に参加したがらなかった理由を悟った気がした。
疲弊した表情を浮かべて、お前なあ、と花井は言う。

「それがヤキモチじゃなくて何なんだよ」

花井の問いに、阿部は面食らったように瞬きをした。

「なに、って……」

阿部は口を閉ざし、癖なのか口元を手で隠して、沈思黙考の面持ちになる。
そして数秒後。



      そっか、ヤキモチかコレ」
「っぶは」

阿部が、自分の発見に心底感心したような声音で言うものだから、栄口は改めて盛大に噴き出した。
机をばんばん叩くドラム伴奏つきで。
バックコーラスは花井の深い溜め息だ。

「も、ムリ、腹いってぇ」
「うるっせえよお前……。笑い過ぎだろ」

阿部が不本意そうに、爆笑のあまり息も切れ切れな栄口をにらんだ。
いやこれは決して笑い過ぎなどではない。
それに、にらまれたってそんな早々に笑いは止まらない。

「だってお前、あーも……信じらんねえ」
「なになにー?栄口何笑ってんのー?」

栄口の大爆笑が聞こえたのだろう、水谷が3人のところへ寄ってきた。
阿部も花井も、そして栄口も笑うのをやめて顔を上げ、水谷を見上げた。

「なになに?なんのハナシしてたの?」

興味津津の、ちぎれんばかりにしっぽを振っている子犬みたいな顔の水谷をしばし見つめ、栄口は3度目、花井の机と仲良しにならなければいけなくなった。

「え、なに!?何なの!?俺の話してたの?ねえ!」
「あーお前もうっせえ、向こう行ってろ」
「えー冷たい!なんで俺だけ仲間はずれなの!?」

阿部に冷ややかにあしらわれて、水谷はいよいよきゃんきゃんとわめき立て始めた。

「ねーねー花井、なに話してたの?教えてよ!」
「俺に振るなよ……。つかたいした話じゃねーから気にすんな」
「でも栄口完全にツボ入ってんじゃん!ねー教えてよ気になるー!」
「ウゼーなもー。どっか行け」

野良犬にするように阿部がしっしと手を振る。
このあたりで栄口はやっと浮上できたので、阿部のそのしぐさと水谷の不満そうな顔を見ることができた。

「ひでぇよ!なんかコッチが楽しそーだったから、さんたちとの話ぶった切って駆け付けたのに!」

もういいもんね!

その言葉とともに、どこの駄々っ子だお前はとつっこみたくなるような、ぷいという擬音語がよく似合うそっぽの向き方を、水谷はした。
しかし踵を返しかけた水谷は、その途端に再びこちらに向き直らなくてはいけなくなった。
阿部にシャツの首根っこをぐいと引っ掴まれたからだ。
ぐえ、と水谷が奇声を上げる。

「なっにすんだよもー!首絞まるかと思ったじゃん!」
「訂正」

阿部は水谷の抗議を、無論すっぱり無視した。

「やっぱ行くな。授業始まるまでそこにいろ」

2、3秒の間で180度方向転換した命令に、水谷はぽかんとしたが、やがて気味悪そうな顔になる。
水谷にしてみれば、「寄ってくんな」とか「あっち行け」とか、普段阿部にはそういうつれない、矢印が外を向いた言葉しかもらい受けていないのだから。
無理もない反応だ。

「え……ちょっと阿部、なに、どーしたの?」
「あっち戻るなっつったんだよ」
「なんで?」
「ムカツクから」
「は?なんでよ?」
「なんででも」

2人のやりとりを見ているうちに、栄口はまたくつくつ笑えてきた。
水谷は、ついとそっぽを向いた阿部の不機嫌な横顔と、栄口のにやにやした顔と、花井の疲れ切った顔を見比べた。
さらに自分が離脱してきた女子グループのほうを見て、そこで「ああ!」と声を上げる。
水谷の頭のなかでそれらがつながったらしい。
感動をたたえた目をきらきらさせて、「花井!栄口!」と言った。

「スゴイ瞬間だよ!阿部が俺にヤキモチ妬いてる!」

「グラウンドでツチノコ見つけたよ!」と言わんばかりの声でそう言い放った瞬間、水谷の後頭部は阿部の丸めたノートによって勢いよく殴られた。
ベコン、と鈍い音がした。

「いったーい!何すんだよっ」
「うっせ黙れ!」
「何だよ妬いたくせに!」
「そのどこがわりーんだよ」
「ええー開き直るし!」
「だってアイツは俺んだぞ」
「ウワ出た。花井、阿部がまたやらかしましたよ!堂々の俺の宣言だよ!」
「知らねーよ俺はもう……」

勝手にやってろ。
花井にうんざりと言い放たれるまでもなく、阿部と水谷はぎゃあぎゃあと言い争いを続行した。
栄口はそれを見守りながら、笑い過ぎて浮かんだ涙を目から払う。

「おもしろいねー7組」
「そー思うなら替わってくれ」

花井が頭を抱えて「俺は1組で巣山と平和に暮らしてえ」とうめくように言った。
そのしぐさから、主将の教室での苦労は推して量ることができる。
けれど、だからこそ。

「それは遠慮しとく」

阿部の腕に首を締め上げられて、「ちょっと待ってギブギブマジ死ぬ!」と叫ぶ水谷の声をバックに、
栄口は苦笑しながら返事をした。

ほらほら主将、早く止めないと、部員の暴力事件はマズイですよ?






(ヒロインさんがぜんぜん絡んでこないという罠)