ほんとは祈ることさえできなかった
ポケットに入れていた携帯が震える。
電子ピアノの鍵盤の上を動いていた、ただでさえなめらかでない私の手はがたんと崩れて、ヘッドホンから不協和音が鳴り響いた。
いつもならこれを聞くと落ち込むけど、幸い今日はそれどころではない。
慌てて携帯を開いて、新着メールを見る。
「阿部 隆也」と並んだ4文字。
予想はしていても、私は自分の携帯の画面でこの名前を見ると動揺せずにはいられない。
「終わった 駅にいる」という、阿部くんらしく一文字の無駄もない本文を読む、というか見ると、
私は楽譜とヘッドホンをあわあわと片付けて、ピアノの電源を切って飛び出した。
隣の部屋を覗くと、ちょうど前の子のレッスンが終わったところらしく、先生がひとりでグランドピアノの前に座っていた。
「せんせ」
「あれ。ちゃんまだいたの?」
「あ、はい」
今帰りますと私が言うと、先生は「珍しいね」と言ってまばたきをする。
「ちゃんがこんな時間まで練習室でがんばってくの」
「……あはは」
先生の言うとおり、あまり熱心でない生徒の私はあいまいに笑い返して、それ以上追求される前に、ありがとうございましたとあいさつをして退散した。
自転車を飛ばして駅へ向かう。
まだ夕焼けの残っている時間帯だったし人影もまばらだったから、
駅の前の自転車置き場のところに立っている阿部くんのシルエットを、私はすぐに見つけることができた。
ブレーキを踏むと、その音に気づいて阿部くんは顔を上げた。
目が合うと阿部くんは「おー」と言って、そして私は静かに感動する。
阿部くんは、私を待っていてくれたんだ。
いっしょに帰るために。
約束してたから当たり前のことなんだけど、付き合ってるんだからいっしょに帰るのだって当然なんだろうけど。
あの阿部くんが、ほかの誰でもなく私のことを待っててくれたんだと思うと、やっぱり信じられなくて夢みたいで、
私は胸がいっぱいになるのをなんとかやり過ごさなくてはならない。
「ごめ、ごめんね、待たせてっ」
「イヤ待ってたのお前だろ」
「う、あ、うん、そっか……」
「つーかお前あっちから来たじゃん。駅よりピアノやってるとこのが家寄りじゃねーか?」
「え、あ……うん、そだね」
図に表すと家→ピアノ教室→駅→学校って感じだから、確かに阿部くんの言うとおりだ。
「じゃー次から駅じゃなくてピアノやってるとこの近くまで行ったほうがいっか、俺」
「……え!?」
「だって駅まで来ると逆戻りになるだろ、お前が」
「え……あ、そっ、そーだね」
逆戻りって言っても、ピアノ教室から駅までは5分くらいしかかからないから、別にいいんだけど。
私が驚いたのは、阿部くんが「次から」って言ったからだ。
阿部くんがスタンドをかしゃんと上げて自転車を押していく。
からからと車輪が回る音を聞きながら思った。
次、が、あるんだ
くるんと振り返った阿部くんに「帰んねーの?」と聞かれて、私は慌てて阿部くんに追いついた。
「ピアノってずっとやってんの?」
車輪のからからという軽い音をバックに阿部くんの声が聞こえる。
沈黙を重苦しく感じる間もなかった。
阿部くんから話しかけてくれたことにほっとしながら、でも私はちょっと残念に思う。
言いたかった言葉が喉の奥に引っ込んでしまう。
「え、あ、っと、うん」
何年くらい、と聞かれて、わたわたと頭のなかで計算する。
教室に通い始めたのが小学校の2年生のときだから、9年くらいと答える。
阿部くんは「え、すげー長くね?」と感心したような声で言ってくれた。
「や、でも、長くやってるだけで、ほんとへたくそでっ」
「でも中学んとき弾いてなかったっけ」
「……へ」
「去年だっけ。合唱コンクールんとき」
思いもよらないことを言った阿部くんは、私の隣をすいすい歩いていく。
私はその横顔をぽかんと見上げた。
確かに去年、中学3年の秋、クラス対抗の合唱コンクールのとき、私はなんの間違いか伴奏をやることになってしまった。
謙遜なんかではなく、私はピアノが上手なわけでもそこまで熱心にやってるわけでもなかった。
それに気の小さいあがり症だから、発表会とかの舞台で、大勢の人の前でピアノを弾くなんて進んでやりたいと思ったことなんてなかった。
ピアノの上手な子というのはだいたいどのクラスにも1人はいるもので、
だから私は小学生のときからずっと、才能もあって練習熱心な子たちの陰にぬくぬくと隠れていた。
お母さんは「せっかく習ってるのに」って不満そうな顔をしたけど、
私はその子たちを押しのけて伴奏者をやりたいなんてこれっぽっちも思わなかったから、伴奏者に立候補したことなんて一度もなかった。
それが去年は、なぜかクラスに1人もピアノ経験者がいなかった。
(隣のクラスには3人も候補者がいて、オーディションめいたことまでやったというのに。今振り返っても嫌がらせだとしか思えないクラス編成だった。)
それなら音楽の先生に頼めばいい話だったのに、「、ピアノやってるじゃん」という友達の一言で、私は伴奏者という重大な役職に押し出される形となったのだった。
課題曲の楽譜を渡されたときほど青ざめたことはなかった。
ただの発表会なら失敗して恥をかくのは私だけだけど、クラス単位での発表なんだから、私がとちれば合唱そのものが台無しになる。
正直「クラスのためにがんばらなきゃ」という熱い気持ちから、というのではなく、
小心者の私は、万一失敗してクラスメイトたちから白い目で見られたくないという自己防衛のために、必死で練習した。
初見の楽譜をすらすら弾けるような腕を持っていれば、そこまで血眼になるような難解な曲ではなかっただろうけど、
私はもちろんそんな技術なんてないし、緊張に弱いという不安要素も抱えていたから、
そりゃもう毎日毎日、機械的に手が楽譜をなぞるようになるまで弾き込んだ。
その甲斐あって、本番は心臓が口から飛び出るんじゃないかっていうくらい緊張したけど、まあともかくつつがなく終わって、
私の残りわずかだった中学生活は、誰の敵意を買うこともなく穏やかなまま過ぎて行ったけど。
なんでそれを、阿部くんが知ってるんだろう
そりゃあ全学年全クラスの前で歌ったわけだから、欠席でもしていない限り、阿部くんも私のクラスの合唱を聞いていただろう。
でもピアノ奏者なんて、指揮者と違って舞台の端っこにいてそこまで目立つわけじゃないし、
ていうかそもそも、阿部くん私のこと知らないはずなのに。
ぼけっと見上げていた阿部くんの顔が不意にこっちを向いて、「あれ、違った?」と言ったからびっくりした。
「っえ!?」
「弾いてなかったっけ?」
「っ、あ、ひ、弾いてた……」
「だよな」
間違ってたのかと思った。
そう言う阿部くんの声が、だんだんと暗くなってきた夜道にぽつりと落ちる。
容量の少ない私の頭では、そこからなんて会話をつなげたらいいのか思いつかない。
ただぐるぐる考えていた。
なんで、なんで?
その言葉ばかりだった思考のなかに「もしかして」が入り込む。
もしかして、阿部くん、私のこと知ってた?
たった1回同じクラスになっただけの、ほとんど一言も話したことのない私のことを、覚えてくれてた?
阿部くんが頭がいいのは知ってるけど、なんの特徴も特色もないクラスメイトだった私のことを覚えていられるほど、阿部くんは記憶力がいいの?
はてなでいっぱいになりながら歩いていると、「なあ」と阿部くんが言ったので慌てて顔を上げる。
「へっ、あ、なに?」
「俺質問ばっかしてっけど、やだったらそー言えよ?」
「え……」
「イヤ、よく考えたら俺あんまお前のこと知らねえからさ」
この阿部くんの言葉に、私はますます混乱してしまう。
あんまりっていうか、ぜんぜん知らないと思うんだけど。
(ホント、まともな会話なんてしたことなかったし。)
これへこむとこなのかな、それとも私に興味もってくれてるってことだから喜んでもいいのかな……。
「で、聞くけどいー?」
「えっ、あ、うんっ」
とりあえず私の考え事は置いといて、いったい何を聞かれるのかとびくびくしながら答える。
お前さあ、と言われてぐっと息を止める。
「勉強だいじょぶ?」
「 え」
……勉強?
誕生日とか星座とか血液型とか、趣味とか特技とか家族構成とかじゃなくて、勉強?
「え、それ、は……成績、てこと……?」
「おー」
え、それってひょっとして、今朝の私の数学の様子を見たから心配されてるのかな?
ていうか、心配というよりもあきれてたような……。
朝のホームルーム前にちらっと見た阿部くんの顔を思い出して、私は頭を抱えたくなった。
確かに昨日の授業でやったことも覚えてないって、そりゃ「大丈夫かこいつ」って思いたくもなるよ!
穴があったら入りたい、むしろ穴を掘って隠れたい私の気持ちには気づいていないみたいで、阿部くんは「お前勉強できたっけ?」とさくっと聞く。
「え、えっと…………ふ、ふつう……?」
「なにその間」
しかもなんで疑問形?
阿部くんの眉間がぎゅっと狭くなったので慌てた。
「や、あの、えと、ほんとに見事に平均的っていうか……っ」
「あ、平均は取れてんだ?」
阿部くんの表情がちょっと和らぐ。
「あ……う、うん、一応」
「じゃー中間も赤点はなかったんだな?」
「あ、うん、それはなんとか」
高校に入学してから初めてのテストだったし、わりと必死で勉強したからかもしれないけど。
これからどんどん危なくなっていくのかもしれないけど。
でもさすがに進級できない、なんて事態にはならない、って信じてるんだけど……。
「あー。じゃーいーや」
あっさりと阿部くんは言った。
ああ、やっぱり朝のアレで赤点ばっかり取ってる馬鹿なやつだと思われてたんだ……。
落ち込んでいると、「でもお前ホント、授業はちゃんと聞いとけよ」と阿部くんは言った。
「えっ、あ、うん」
「俺テスト前は部のヤツらの面倒見んので手いっぱいだから、あんま助けてやれねーからな」
「……野球部の?」
思わず聞き返したら、阿部くんは「おー」と答えてくれる。
「赤点取ったら試合出してもらえねんだよ。それなのにアイツらちっとも真面目にやんねーから」
「あいつら?」
「主に四番とエース」
四番とエース。
ええと、確か9組の。
「……田島くんと、三橋くん、だ」
「え、知ってんの?」
「っえ」
しまった!
思わず声に出しちゃったよ……!
意外そうな顔をする阿部くんに向かって、私はあたふたと取り繕った。
「や、あの、田島くんは体育のときスゴイ目立ってるし!ゆ、有名人なんだよ。
あ、あとそれに、ときどき7組にも来てるしっ」
これは嘘じゃない。
春のスポーツテストのときとかすごかったもん。
(私がたったの19回で止まってしまったシャトルラン、永遠に走り続けるのかと思った。)
休み時間に、大きな声を上げながら遊びにくるのも本当だし。
「あー田島はなあ。じゃ三橋は?よく田島についてくっから?」
「あ、う、うん。あと、水谷くんの話によく出てくるから」
これも決して嘘じゃない。
7組に来るとき田島くんと三橋くんはだいたいセットだから。
水谷くんが楽しそうに、野球部の話をよくしてくれるのも本当。
でもそういう小さな情報を忘れてしまわずにきちんと覚えているのは、
それが野球部に ていうか、白状するけど、阿部くんに関することだから、だ。
前の日の授業のことは忘れてたって、一週間前のテストの問題は忘却の彼方に飛んでしまっていても、
このあいだどこの学校と練習試合をして誰が打ったとか、誰がどんなファインプレーをしてすごかったとか、
休憩のときや帰り道にこんな話をしたとか、誰がどういうことを言ったとか、そういう水谷くんの話は細かいところまで覚えていた。
話している水谷くんにとってはきっとなんでもないことでも、自分じゃ阿部くんと話せない私にとっては、すごく大切な、情報源だったから。
「ふーん」
阿部くん納得してくれたかな……。
いくらなんでもこんな、それこそストーカーっぽいのを本人にカミングアウトできないし、
今朝みたいに何回かこっそり野球部の練習見てたこともあるなんて絶対に知られたくない。
「あ」
「え!?」
や、やっぱりなんか不自然だった!?
阿部くんが小さく上げた声に私は身構えてしまったけど。
「そーいやさ、栄口も知ってるだろ?」
「え……」
「シニアでいっしょだったんだってな、弟と」
あ、ああ、そのことか……。
ほっとしながら私はうなずいた。
野球をしているひとつ年下の弟は、リトルのころからずっと栄口くんの後輩だ。
私も栄口くんとは小学校中学校と同じだけど、同級生の私よりも弟のほうがずっと仲良しだと思う。
うちにもときどき遊びに来たりして、お母さんは「阿部くんやめて栄口くんにしたらー?」なんて、
どちらに対してもめちゃくちゃ失礼なことを言ってよく私を怒らせた。
でも正直言って、栄口くんと個人的に会話した記憶はひとつもない。
「去年レギュラーだったんなら覚えてんだろーけどな。控えだったんだって?弟」
「う、うん」
「試合とか観に行ったことある?」
「え!?ええ、と、ちょ、ちょっとだけならっ」
「じゃー俺がいたとことの試合も観てたりしてな。練習試合なら何回かやったことあるから」
阿部くんの何気ない言葉がぐさぐさと私の心臓に刺さる。
観てるかもも何も、ビンゴなんですが。
その試合を観に行ったばっかりに、好きになってしまったのに。
そんなこと口が裂けても言えない。
「ルールわかんの?」
「あ、っと、き、基本だけ、ならっ」
「ふーん」
それだって、阿部くんを好きになってからお母さんや弟に聞いて必死に覚えたんだけど。
つくづく不純だなあ、と思わないでもないけど。
阿部くんの大好きな野球の話なんだからもっと何か気の利いたこと言わなきゃと思って、だから気づいたときには言っていた。
「で、でも、見るのは好きっ」
「へえ」
阿部くんが意外そうに目を大きくして、私は口にした途端にしまったと思う。
罪悪感が津波のように押し寄せてくる。
いえ確かに見るのは好きなんだけどそれは野球がっていうか阿部くんが野球してるところを見るのが好きって言ったほうが正しいっていうか、
確かに野球もおもしろいなって今では思うけどそれでも見るのは好きだなんてずうずうしいこと言えるような資格はないっていうか……!
どうしよう調子のいいこと言うんじゃなかった、と後悔のあまり頭を抱えたくなっていると、横から「じゃー見にくりゃいいよ」という声が聞こえた。
「……え?」
「県予選。来月から始まるし」
ウチの初戦は日曜だしなと話す阿部くんはどこか楽しげで、その横顔にまた私の良心はちくりちくりと痛んだけど、
我ながら都合のいい心だって思うけど、ふつふつわいてくるうれしさのほうがそれに勝ってしまう。
ほんとに、正真正銘不純な人間なんだ、私は。
見に行って、いいんだ……
自転車のハンドルをぎゅっと握る。
今までみたいにこっそりとじゃなくて。
阿部くんにもチームのほかの人にも気づかれないように、なんて神経を使わなくてもいい。
野球をがんばる阿部くんを堂々と応援していいんだ。
阿部くんがいちばん真剣でいちばん一生懸命で、いちばんかっこいい瞬間を、見てていいんだ。
うわどうしよ泣きそう
阿部くんに気づかれないように、ゆっくり深呼吸をする。
私はほんとはきっと、阿部くんと両思いになりたいなんて願ったこともなかった。
彼女にしてほしいとか、お昼ごはんをいっしょに食べたいとか、帰り道を並んで歩きたいとか、そんなことを願うには、阿部くんはあんまり遠過ぎた。
神さまにさえどうしようもないことだと思っていた。
そっと、隣を自転車を押しながら歩く阿部くんを見る。
すぐ隣にいる阿部くん。
あんなに遠かったのに。
こんなに近くに行きたいなんて、ほんとは祈ることさえできなかったんだ、私には。
神さまはどんな気まぐれで、私自身も気づいてなかった願いごとを叶えてくれたんだろう。
阿部くんに伝えたいことがずっと私のなかにあった。
そのチャンスを与えてくれたのが、神さまなのかどうかはわからないけど私は感謝する。
ファンタジーでもフィクションでもないことに感謝する。
言っていいかな、いいのかなと心のなかで迷う。
神さま、まだ私の味方をしてくれてるって、信じていいですか。
「……あ、阿部くんっ」
「あ?」
阿部くんがちらりと私を見る。
ずっと言いたかった。
告白できなくたって、ふられたって、私の顔も名前も知ってくれていなくたって、それでもいいからずっと言いたかったことがある。
捨て身のつもりだった告白のときよりもずっと声が震えた。
「あの、ぶっ、部活お疲れさま!」
「……は?」
阿部くんの不思議そうな声。
私の言葉が唐突なのはよくわかってる。
でもほんとは、駅で待っててくれた阿部くんに、私はこれをいちばんに言いたかった。
「あの、それから、あの」
試合、がんばって、ください。
私なんかに言われるまでもなく、阿部くんはがんばってるってわかってるんだけど。
阿部くんが好き。
誰よりも野球をがんばってる阿部くんが、好き。
阿部くんが好きだから阿部くんが野球をしているのを見たいのか、
阿部くんが野球をがんばってるから好きになったのか、どっちなのかはもう自分でもわからない。
それくらい、私のなかで阿部くんと野球は何かの方程式みたいに切り離せなくて、ともかく見つめてるしかなかった。
だからずっと言いたかった。
応援してますって。
「んだよ、急に」
「っ、え、あ、えっと 」
とうとう言えた!って奇妙な達成感に浸っていた私は、阿部くんの声で現実に立ち戻る。
ど、どうしようやっぱりいきなり過ぎたかな。
会話の流れから考えておかしかったかな。
変なやつって思われたかな
脳みそ中を「どうしよう」という言葉がぐるぐる回り始めたときだ。
「まーがんばるけどさ」
私の頭のぐるぐるがぴたりと止まる。
そろりと阿部くんのほうを盗み見たつもりが阿部くんもこっちを見ていた。
視線がぱちりと重なって心臓がぎゅっと縮まったときに、とどめがきた。
「サンキュな」
阿部くんの自転車が、相変わらずからからと軽い音を立てて進んでいく。
神さま
思わずまた、私は胸のなかで唱えた。
きっとこんなに神さま神さま連呼してたら、また乙女ちっくだとかイタイだとか言ってあきれられちゃいそうだけど。
でも阿部くんが、阿部くんがありがとうって言ってくれた。
神さま。サービスが過剰すぎて、正直怖いです
「ん。なに、俺歩くの速い?」
「いっ、いいえっ」
少し先で立ち止まって振り返ってくれた阿部くんに追いつこうと、私は慌ててハンドルを握り直す。
涙目になってしまったことに気づかれませんようにと祈りながら。
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