◆天然阿部くん増殖計画その3



ちゃんと生きてるんだから、心臓がきちんと動いてるのなんて当たり前のことだ。
当たり前過ぎて普段は気づきもしない。

でもこんなときはいやでも心臓の存在を意識する。
左胸で、パンクするんじゃないかと思うくらいに鼓動が速くなっている。
ぴったりとくっついている阿部くんに聞こえてしまうんじゃないかと不安になるくらい。

背中に回されていた阿部くんの腕にもっと抱き寄せられる。
これ以上くっつけないのに、と思って体がすくむ。
恥ずかしさにぐちゃぐちゃになって逃げ出したくなってしまう。
でもそんなのできなくて、だから私は亀みたいに首を引っ込められたらいいのにといつも思う。
ちょっとでもいいから、阿部くんとのあいだに距離ができればいいのに。
そうすれば私の心臓も少しは、きっと今よりは静かになるのに。

そんなことを思っているのに、阿部くんのおでこが私の左の肩におりてきた。
びっくりして思わず顔を上げると、阿部くんの頬と頬がこすれる。
肩口におでこを押しつける阿部くんは、遊んでもらいたがっている大きな犬みたい。
かわいいって、微笑んで思える余裕があればいいのに。

余裕のない私は、ますます近くなってしまった距離に泣きたくなるだけだ。
大きくなる心音に静まれ静まれ静まれと唱えるだけ。
だって聞こえたらわかってしまう。
阿部くん好き。
大好き。
1回心臓が打つごとに、そう言ってるみたいなものなのだ。



「……お前さあ」
「っ、え」

不意に耳のすぐそばで阿部くんの声がして、またひとつ、心臓が大きく言う。
阿部くんの声が好き。
阿部くんが好き。

「なんかすげーどきどきしてねえ?」
「え      

びっくりして、聞こえたの、と思わず聞いてしまった。

「聞こえるワケねーだろ。聴診器つけてるワケじゃねんだし」
「う……じゃ、なんで」
「んー。音は聞こえないけど、スゲどくどくしてる」

伝わってくる、このへん。
そう言った阿部くんの手が、私の左の鎖骨の辺りに触れた。
心臓の少し斜め上。
そんなところにまで振動が伝わるほど、大きく震えてたんだ、私のハートは。

「っ、ごめ、      
「なんで謝んの」

だってこんなに好きだから。
きっと私だけ。

そんなことを思ってぎゅっと目をつぶると、急に両腕で頭を抱き込まれる。
つぶれてしまいそうな強さで、ぎゅう、と抱きしめられて、私は目を白黒させた。

「あべ、くん?」
「わかる?」
「え?」
「聞こえねえ?」

そう言われて私は口を閉じる。
息を殺してじっとする。
全身を耳にする。

すると聞こえてきた。
頭を押しつけられた阿部くんの胸から伝わってくるリズム。
どく、どくという響き。



「聞こえた?」

俺もどきどきしてんの。

阿部くんの声すらも、耳じゃなくて全身で感じているみたいだ。
阿部くんの心臓の音といっしょに。

「……聞こえた」

答える私の声はどうだろう。
四方八方阿部くんに包まれて発するこの音といっしょに、阿部くんに響くのかな。
隠そうとしても隠せない、阿部くんのことが好きだ好きだと告げる音。

阿部くんも同じなのかな。
ぜんぶだなんてぜいたくは言わない。
よどみなく力強く続いていく阿部くんの、心臓の音、一拍でいい。
私のための音であったらと、阿部くんの腕のなかで思う。