◆天然阿部くん増殖計画その4
自分に動きを奪われたときの彼女の反応を見るのが好きだと言ったら、
またヒドイやつとかなんとかいわれのない中傷を受けるのだろうかと思う。
好きというか、そのうろたえぶりがおもしろいのだ。
悪さをしているつもりはちっともないのに、ヒドイなどと言われるのは心外だ。
今だってそう。
組み敷いた彼女の顔にはくっきりと狼狽が刻まれていて、呼吸すら忘れているみたいだ。
大きく開いた目は自分をぽかんととらえていて、まばたきひとつしない。
そこまで驚くほど予測不可能なことじゃないだろうに、と思うとおかしくなる。
彼女の目元にかかっている前髪を払いのけて「ビックリし過ぎ」と言ってやると、
石になっていた体が命を取り戻したように彼女の肩が揺れた。
「っえ、あ、あべく」
ん、という、きっと彼女が発するつもりだった最後の一音は唇同士のあいだでつぶれる。
短いキスを繰り返したあと華奢な喉元に唇を寄せた。
浅くなっていた呼吸が、その瞬間びくりとリズムを変える。
「ん、っ、やだ……」
「ほんとにヤなら殴るなり蹴るなりしろって言ってんじゃん」
自分の胸の辺りを押し返そうとしていた彼女の動きが止まる。
彼女の目を覗き込むと頬にすっと赤味が増して、視線がそらされてしまう。
殴られる気配も蹴りが入れられる予感もまるでない。
あーこの顔
やばいもう早く泣かせたい。
じわりと涙がにじんだ彼女の目を見て思う。
「ずるい……」
「ずるくなきゃキャッチャーなんてできねえの」
だいたいなあ、と、こつんと額をつき合わせて言う。
「俺に言わせりゃお前のほうがずりぃ」
「っな、なんで?」
「本心じゃなくたってやだとか言われたら傷つくし。そのくせ殴っても蹴ってもこねえからもっとしたくなる」
ソレ狙ってやってんの?
そう聞くと、彼女はぎょっとしたように「ちがうよっ」と否定した。
「だろーな」
無意識ならよけいにタチが悪い。
そう思って溜め息をつきながら目元にキスをして、耳たぶのうしろにも唇を落とす。
服の裾から手を入れて肌に直接触れると、ぞわりと震えた彼女が「んっ」と声を漏らした。
「っ、あべくん……!」
「ほんとにいや?」
俺はやめたくないんだけど。
彼女の目にまた涙が浮かぶ。
そしてふいとそっぽを向いて「やっぱりずるい」と小さな声で言う。
「いーの?」
「……聞かないでっ」
恥ずかしいから!
彼女のやけっぱちのような声と、赤くなった目のふちに頬が緩む。
ああ、もう。
どうぞとばかりに曝された首筋に噛みついて言った。
「お前ホントかわいい」
思ってもみなかったことを言われた、みたいに彼女の瞳が驚くのを見届けて、唇をふさいだ。
今度は長く深く呼吸を奪う。
もう、殴られても蹴られてもやめてやらない。
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