◆ワンパターン脱却を試みたもの(そして失敗したもの)



ぎゅう、と閉じられた、彼女の目元を指でなぞる。
キスをするとき、彼女はいつも力いっぱい、みたいに強く目をつぶっている。
なんでなのかはよくわからないけれど。
黒目がちな目を開けさせたくて言ってみる。

「お前今日は嫌がんないね」
「え」

声とともにぱちりとまぶたが開く。
近くから覗き込むと、今更慌てたように彼女の瞳が逃げる。
そんなことをしたって意味がないくらい、自分と彼女の顔と顔はすぐそばにあるのに。

視線をとらえるよりも手っ取り早いから、何度目になるか、彼女の唇を捕まえた。

「ん、っ」

舌を絡めるとくぐもった声がして、腕のなかに抱え込んだ体が一瞬だけこわばったけれど、 いつもみたいに逃げ出したそうにもがくことはなかった。
おとなしくしているのをいいことに、やわい頬から頭に、薄い背中に手を這わせてみる。
それでも彼女はひくんと体をすくめただけで嫌がるそぶりは見せなかった。

「今日はやじゃねえの?」

鼻先を突き合わせて、おずおずとこちらを見返してくる彼女に聞いてみる。
彼女は決まり悪そうに目を伏せた。

「お前もしたかった?」
「へ、っ、や、ちが」

ここで初めて、彼女はうろたえたように後ずさりしそうになったが、背中に回した腕でそれを阻む。

「したくねーのかよ」

額をひっつけた距離でにらむと、彼女はきょときょとと落ち着きなく瞳を動かした。

「べ、別に、いつもやなわけじゃないんだよ?」
「そーか?」
「……いきなりで、びっくりしたりするだけで」
「ふーん」

言い訳のようなもごもごとした彼女の言葉に一応うなずいてみせるが、 しょうがないではないか、いつもいきなりしたくなるのだから。
そしてそういうときに見せる彼女の慌てふためいた表情や声があまりにもツボなものだから止まらなくなる。

どこまで大丈夫なんだろ、と試したくなって、耳元に唇を寄せた。
くすぐったそうに体をすくませただけで、まだ嫌がらない。
首や下顎に吸い付いてみても同じだった。
それならと思って服に手をかけると、「っ、え」という驚きの声が上がった。

「あべ、くん?」
「なに」

していいんだろ?
そう聞くと彼女の瞳が大きくなって、制止するように自分の手に重ねられた手がぴくりと震えた。

「え、だっ、だって今日は、シュンちゃん、いるでしょ?」

ああなんだ、と、おどおどした彼女の声と視線に思う。
それで今日は余裕だったのか。
そう納得するが早いか立ち上がる。
部屋の鍵をかちゃんと閉めて、それをぽかんと眺めていた彼女の正面に戻ると、前置きなしにその肩をつかんで押し倒した。

「っあ、べく      

彼女が小さく声を上げたので唇に人差し指を押し当てた。
静かに、のサイン。

「アイツ、ゲームするとき大音量だから」

声出さなきゃへーき。

そう言って見下ろした彼女の顔はいつもの通り、追い詰められて逃げ場をなくした小動物みたいだ。
思わず口元が笑ってしまう、あんまりかわいいものだから。
そっと頬を撫でると、さっきと同じ動作なのに、彼女はさっきよりもずっと、切羽詰まったように強く、目をつぶる。

「そのカオ好き」
「へ……?」

ぽつりと零れた言葉に彼女は目を開けた。
眉が困ったように寄せられてハの字になっている。
さっきの、キスに浮かされたような甘い視線もいいけど、今の泣き出しそうな目にはもっと揺さぶられる。

「イッパイイッパイって顔」

嫌がられたらむかつくのに嫌がることをしたい。
矛盾した思いに突き動かされて唇に噛みついた。
さっきよりも乱暴に舌をねじ込む。

やだ、と、今になって必死な声で訴えられたって無駄だ。
余裕なんてかけらまでひねり潰して、頭も体も自分でいっぱいになるまで侵し尽くして、もう無理ってくらいの泣き顔を見るまで。