◆珍しく婉曲
「手、冷たくね?」
突然そう言われて驚いた。
驚いたわけは、それまでの会話とまったく脈絡のないことを聞かれたからだし、今までの帰り道にそういうことを聞かれたことがなかったからでもある。
阿部の思考回路は、やっぱりいまいちよくわからない。
そう思いながら「大丈夫だよ」と答えた。
阿部がひとつまばたきをする。
「ホントに?」
「え……う、うん」
「……ふーん」
平坦な声に、ほんのわずかに不満そうな調子が混じっている、ような気がした。
それでも阿部が黙り込んだから、それで納得したのだろうと思って同じように口を閉ざした。
けれど彼は別に、納得したわけではなかったらしい。
同じように不意に、「あのさあ」と言われてまたびっくりした。
「はい?」
勢い込んだ声に、思わず寒さに丸まっていた背筋を伸ばして、そんな返事をしてしまう。
「冷たくなくてもいーからさ」
「え?」
「手ぇつないでもいい?」
普段と変わらぬ調子で というのは、無表情だけれども真剣そのものの声と顔で、そんなことを言われて素直に面食らった。
「へ?え?手?」
「いい?」
重ねて問われて、ほとんど反射みたいにうなずいてしまった。
ぐいと、無造作に手をとられる。
それで今度こそ彼は納得したように、また無言で歩き出した。
つられて歩き出しながら、あっけにとられたまま、つないだ手と手から、ぶらんとぶら下がった腕をたどって、阿部の横顔を盗み見た。
ひとつの動揺も高揚もない表情を確認してから、また視線を下げて、つないでいるというよりも、阿部につかまれている自分の右手に目をやる。
唐突に、改めて恥ずかしくなった。
さっきの阿部の「手、冷たくね?」というセリフは、「手、つないでいい?」だったんだ、と思い当たって。
|