◆天然プレイボーイっぽさを目指したもの



フリーズしたところで自分の容量不足なんかじゃないと思う。
だって今は、ぱらぱらと眺めていた情報誌の話をしていたはずだ。
もちろん主に話題を振るのは自分のほうで(こんな新しいお店ができたんだね、とか、ペット自慢のコーナーの写真がかわいい、とか)、阿部のほうはそれに対して「うん」とか「あー」とかの相槌を打っていただけだったから、確かに活発に会話が行われていた、というわけではないけれど。

それにしたって、と、いたってまじめな阿部の顔をぽかんと見つめ返しながら思うのだ。
今は、「キスしていい?」と聞かれるような、そんなタイミングじゃなかった、絶対に。

「……はい?」

念のため聞き返してみると、「だから、キスしていい?って」と阿部はやっぱり真顔で同じことを繰り返した。
返事に困って、というよりも、どこをどうつなげたらそうなるのかが、さっぱり、ぜんぜん、まったくわからなくて、きっと妙な顔をしてしまったのだと思う。
阿部がくいと眉を寄せた。

「なに」
「え、いやあの。……阿部くん、なんでそーゆーこと聞くの?」

すいと目をそらして、手の甲で頬をこすった。
熱いのだ。

「お前がいきなりはビックリするとか言うからだろ」
「……それは言ったけどそうじゃなくて!」

いきなりといったのは、行為そのものの話だけではないのだ。
視線を落とした先には仲の良さそうな家族ときまじめな表情の柴犬の写真があって、「なんかこの犬とこのお父さん似てるね、やっぱり犬は飼い主に似るんだね」のような、雑談以外の何物でもない会話を、していたはずなのだ、つい、今まで。

「そーじゃなくてなに?」
「……脈絡、ぜんぜんないんだもん」

心ならずもすねたような声になってしまった。
こっちにしてみれば、それはいきなりと同じなのだ。
心構えとかモードの切り替えとかができていないのだから。

ほのぼの以外の何でもない誌面から目を離さずにいると、めんどくせーなあ、という心底大儀そうな舌打ちまじりのつぶやきが聞こえた。
手首をつかまれて思わず顔を上げた。
瞬間、しまったと思った。
強い目がそこで待っているのは、わかっていたはずなのに。

「脈絡ねーとダメなの?」

こうなるともう動けなくなるのだ。
温度の高い手、ぐいと突きつけられる視線。

「俺はしたいから言ってるだけなんだけど」

もう片方の手が伸びる。
雑誌がぱさりと閉じられて、そこから延長線上をたどるように自然に頬に触れる。
髪に触れる。

「いいのかダメなのかどっち」

そう言う調子は、もうほとんど疑問形ですらないのだ。
そろそろと、再び目を伏せた。

脈絡なんていつだってこうやって、いとも簡単に作られてしまう。
その目で、手で、声で。

ダメじゃないけど、と蚊の鳴くような声で答えると、重なる一歩前の唇がちょっと溜め息をついて「お前ほんとヤヤコシイ回路してんのな」と言った。