◆2012年誕生祝いだった阿部兄弟



「シュンー」

間延びした声とともに聞こえるドアをたたく音に、ベッドの上で顔だけ上げて、「あいよー」と応えた。
ドアが開いて、眠たげな目をした兄が(きっと夕飯のあとでうたた寝していたのだろう)、「あのさー」と言った。

「お前ウォークマンって持ってたよな、CD聴けるやつ」
「え?ああ、うん、あるよ」

読んでいた漫画を伏せて起き上がり、ベッドの上であぐらをかいて、うなずいた。

「なに?CD聴くの?兄ちゃんが?」
「おー。もらったんだよコレ。誕生日プレゼント」

これ、と言って兄が掲げて見せたCDを見て、目を丸くした。
それは先週発売されたばかりの、有名アーティストのベストアルバムだった。
今年デビュー何周年だかを迎えたとかで、中高生に大人気、というよりは、もうちょっと上の世代から絶大な支持を受けているイメージがある。
とはいっても、CMやドラマの曲によく使われるので、CDショップで見かけたとき、現役中学生でも「聴いたことある曲ばっかだなー」と思うラインナップになっていた。

「その人好きだったっけ?」
「いや別に」

兄はさっくりと否定した。
そもそもこの現役高校生の兄は、テレビとか音楽とか芸能人とかアニメとかゲームとか、普通の高校生ならそれなりに興味がありそうなこと一切に、とんと無関心だ。
野球が好きすぎるせいだろうとずっと思っていたけれど、別に野球がなくても興味がないんじゃないかと最近疑い始めた。
そんな兄にCDをプレゼントするなんて、なかなかの冒険だ。
(何しろ兄の部屋にはCDプレイヤーもパソコンもないのだ。)
それでも、興味のないことにはとことん冷たい兄が、律儀にそれを聴こうとするということは。
そのプレゼントの贈り主は。

「カノジョ?」
「おー」

兄は照れるでもなく、さっきと同じようにさっくりと、肯定した。

「なんかおすすめなんだって」
「カノジョの趣味なんだ」
「いや、俺も自分が聴きたいだけかと思ったら、自分のとは別に買ってくれてんの。ジョウチョを育てろとかなんとか言ってさー」
「エライじゃん」

笑ってそう感想を述べると、兄は「そーか?」と言って渋面を作った。

「どっちかつーと失礼だろ。まともに育ってるっつの、情緒」

それはどうだろ、と心のなかで首をひねりながら、「いや、カノジョがじゃなくて」と訂正する。

「兄ちゃんがだよ」
「あ?」
「ちゃんと聴くんだね」

そう言うと、兄は「ああ、そういうことな」とうなずいた。

「聴くよ?せっかく選んでくれたんだし」

そうだろうなあ、と思う。
この兄にCDを贈るというのだから、相当悩んで選んだに違いない。
兄のカノジョの苦労を慮った。

「じゃー俺からのプレゼントはウォークマンってことで」
「中古じゃん。別にいーけどさ」
「ウォークマン、探しとくよ。しまい込んじゃったからすぐ出ないかも」
「頼むわ」
「うん。カノジョ、趣味いい人だね。俺も聴きたかったから今度貸して」
「おー」

兄が部屋を出て行きドアを閉めた。
それをしっかりと見届けてから、こっそり立ち上がる。
机の下に置いておいた、今日、CDショップで買ってきたばかりの袋を手に取った。

それをつくづくと眺め、声に出して「あーあ」と言ってみた。
プレゼント用の包装紙のなかには、さっき兄が持っていたのとまったく同じアルバムが入っている。

どうして兄のカノジョが、あまたあるCDのなかから、兄に贈るCDとしてこれを選んだのか、シュンにはわかる。
CDの9曲目、力強いメロディのバラードは、今年の夏の甲子園のテーマソングに使用されていた。

「あーあ」

きちんと包んでもらったCDを頭上に持ち上げて、もう一度うなった。

――ほんと趣味いいよ、俺と同じの選んでくれるんだもん

ちょっぴり恨めしくそんなことを思ったが、兄の情緒面の成長に対する心配よりも、俺も聴きたいからちょうどいいや、という下心があった手前、ここはカノジョに譲っておくことにする。

――趣味よくて当たり前か

ひょいと、そう思い当たった。

――兄ちゃんをカレシに選ぶくらいだしなあ

そんなことを考えて、CDといっしょにお下がりということであげようと思っていたウォークマンを、机の引き出しから引っ張り出した。