◆泉くん誕生日前祝い
校門を過ぎたあたりで「はよ」と声をかけられる。
うしろから追いついてきて横に並んだのは泉だった。
「あー。はよ」
「さみぃ」
心底いまいましげな泉の声はちょっとくぐもって聞こえた。
ぐるぐる巻きにしたマフラー越しに出した声だからだと思う。
分厚いダウンジャケットに包まれた背を丸めてポケットを手につっこんでいても、泉は確かに寒そうだ。
鼻もほっぺも赤い。
「マジメに寒そーね」
「マジメに寒いんだって。これだから冬は」
「きらいだっけ?」
「つーかさみぃのが苦手」
ず、と泉が鼻をすする。
ふうん、と相槌をうってふと思い出した。
「そーいや泉、明日誕生日じゃない?」
「おー。よく覚えてんな」
「今思い出した」
夏生まれは夏が好きで、冬生まれは冬が好き。
俗説なのか私の思い込みなのかは知らないけどそんなことが頭に浮かんで、泉って夏生まれだっけ、と考えたから。
ちょっと前に田島たちと「泉の誕生日はいい肉の日」と言って笑い合ったのを思い出したのだ。
「じゃーいい肉の日イブだ、今日は」
「いーってもう、そのネタは」
きっとさんざんからかわれ尽くした話題なのだろう、泉はうんざりしたように目をそらした。
「なんかプレゼントしたげよっか。何がいい?」
「カネ」
「……うわー」
即答かよ。
ずばりと出てきた2音に私がひいてるのに、泉は頓着せず「でもカネあっても遊ぶ間ねーしな」なんてぶつぶつ言っている。
「じゃー休みとか?」
「あ、欲しいなソレ。でも部活休みんなっても寝てるだけかも」
「枯れてんねー、いい若者が」
今は一応シーズンオフだそうで、野球部の朝練はないらしい。
それでも放課後や休日はやっぱり部活なんだろう、
授業中屍のように眠りこけて先生ににらまれている連中のなかに、結構な割合で泉も含まれている。
泉がまた鼻をすすり上げて、風邪気味なのかなと私は思う。
「あーもーマジさみぃ」
「風邪?」
「ちげーよさみぃだけ」
「今からそんなでどーすんの?これからもっと寒くなるのに」
「冬眠してーよ、クソ」
毒づく口調が言葉のわりに無気力だった。
憂鬱そうな泉の横顔を見ながら想像してみる。
静かで温かい横穴のなかで、枯葉の毛布に包まれて丸くなって眠っている泉。
鼻とほっぺから痛そうなほどの赤味が消えて、ずいぶんと安らかな寝顔をしている。
硬い机の上に突っ伏すよりも、きっと寝心地もいいだろう。
あまりにぴたりとはまる想像図だったので私は自分で感心してしまった。
泉に言えば「妄想代払え」とか要求されそうなので黙っておくことにする。
「いーね、冬眠」
「だろ。人類の夢だよ、叶わねーけど」
「まあね」
冬でも自転車をこいで学校に来て、授業を受けて、木枯らし吹くグラウンドで野球をしなければいけない人類、もとい泉。
「まあいいじゃん。明日誕生日なんだし」
「誕生日っつってもなあ。別にフツーの日だし」
「昼、なんかおごったげるよ」
「マジで」
「うんマジで」
「じゃー楽しみんしとくわ」
「んー」
楽しみにしとくと言いつつ泉の表情には浮き立ったところは見えない。
かわいくないヤツ、と思いながら歩く。
日に日に気温は下がって朝ふとんから出るのに必要な気力も増えていくし、顔を洗う水は冷たいし、
向かい風だったりすると自転車をこぐのはほんとに辛いし、授業は退屈だし、高校生活、毎日毎日そんなに楽しいわけじゃない。
泉の冬眠したい気持ちもわからないではない。
でも冬眠してしまったら、だらだらとどうでもいい話をしたりCDの貸し借りをしたり英語の宿題を見せる見せないでもめたりを、
春になるまでできなくなるし、それに泉の誕生日も祝えない。
だから人類は冬眠しないんじゃないか。
人類もとい私はそう思う。
泉がまた、不平がましく「さみぃ」と言った。
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