◆泉くん(続きのような)



英語の授業の締めの10分は単語テストだった。
チャイムが鳴って終了、先生に「じゃーいちばんうしろ、集めて持ってきて」と言われるまでもなく、 私を含む各列の最後尾の生徒たちは、がたがたやかましい音をさせて立ち上がり、解答用紙を集め始めた。

前の席の子のテストを裏返して自分のにのせて、その前の席に向かった。
ところがその席の主は机にべったりとうつ伏せになって起き上がらない。
しかたがないので私はトレーナーの背中に向かって「泉」と声をかけた。
眠っていたのかうつろな目をした泉がのっそりと顔を上げる。

「テスト貸して」
「……あー」

ほい、と差し出されたときにちらりと見えた泉の答案は、15問ある問題のうちの3分の1くらいが空欄のままだった。
そういやコイツは英語があんまり得意じゃなかったっけ。
そんなことを思い出しながらテストを受け取ると、泉はまた机に突っ伏した。

私が集めたテストを先生に渡して戻ってきたときも、泉はその姿勢のままだった。

「泉」
「……ああ?」

枕にした腕の間から、泉の大きな目がのぞいた。
いつもより鈍い反応に、私の予想はほとんど確信に変わる。

「体調悪いの?」
「あー。かも」
「かもって。保健室行ってきなよ。顔赤いよ」
「めんどくせえし」

授業をさぼれるか、もしくは早退さえできるかもしれないのに何が面倒くさいのか。
あきれた私は教室の窓側に向かって「たーじまー」と声をかけた。
携帯を開いて三橋くんと何やら話していた田島がこっちを向いて「おー。なに!?」と大声で返事をしたので、私はおいでおいでをした。

「なんか用?」

ぱっと席を立って、ほとんど一足飛びみたいな素早さで教室を横切ってやってきた田島が言った。

「泉が体調悪いんだって」
「えー、マジで!?」
「うん、で、熱あるかもだからおでこごっつんしてみて」
「おっしゃ任せろ!」
「ちょっと待て」

頼もしく田島がうなずいた瞬間、泉の制止がかかった。
体調不良にしては大した反射神経だ。
ひどく気だるげにではあるけれど泉は体を起こして私をにらんだ。

「なんの罰ゲームだよ」
「三橋くんのがいーの?」
「そーゆー問題じゃねえ」
「イヤ私はそーゆーのはお断りするわ」
「こっちだってご免だ。……つかよけーな体力使わすなよ」

体調悪ぃのはマジだぞ、と泉がやや弱々しく文句を言った。

「だい、じょぶ?」

恐る恐る田島のうしろについてきていた三橋くんが、心配そうに聞いた。
きっとこれがいちばんまともな対応なんだろうなとは思う。

「おー。だりぃだけだし」
「でもカオ赤いぞ。熱あんじゃね?」
「やっぱそーだよね。田島、デコ触ってみ」
「おー」

田島が泉の額に右手を当てて、左手を自分の額に持っていった。

「んー。やっぱ熱いよ」
「どれ」

泉の長めの前髪をかき上げて額に触る。
冷えやすい私の指先には、泉の体温は自分と比べるまでもなく高く感じられた。
そもそも私がこんなことをしても嫌がるそぶりも見せずおとなしくしている時点で、やっぱり今日の泉はおかしい。

「ホントだ、熱い」
「つーかお前の手が冷てぇ」
「イヤそれにしても熱いって。保健室行ってきなよ」
「おー。行こうぜ泉。俺たちついてってやっから!」
「お、俺も、いくっ」

田島の言葉に、三橋くんが大げさなくらい繰り返しうなずく。
畳み掛けられて、反論するほうが面倒くさくなったのだろう、
泉は少しの間「あー……」と唸っていたけれど、結局のろのろと席を立ち始めた。

「歩けるかー?担いでやろーかー?」
「いらねーよ。つーかお前1人で担げねーよ」
「お、俺も、担ぐ、よ!」
「……気持ちだけもらっとく」

つかフツーに歩けるっつの、と泉がぶつぶつ文句を言う。

「行ってらっしゃーい」
「え、お前も行かねえ?授業ちょっとサボれるぞ」

田島がうきうきした表情で誘ってくれた。

「いーよ私は。先生に言っといてあげる」
「そかー?じゃー行ってくるなー!」
「はいよ。お大事にー」

ひらひら手を振ると、田島と三橋くんにサイドを固められた泉が軽く手を上げてみせた。