◆泉くん(さらに続きのような)



お風呂から上がって自分の部屋に戻ってきたら、ふと携帯が目についた。
メールが来ていることを知らせるライトがぴかぴか光っていたからだ。
誰だろ、と思いながら電話を拾い上げてベッドに腰を下ろす。
開いたメールボックスには泉からのメールが届いていた。

病人が何の用だ、と思いながら開封する。
一瞬空メールかと思った。
本文のところが真っ白だったから。

眉をひそめてよく見ると、そこがまったくの空白ではないことに気づいた。
ぽつんと一文字、「暇」とある。

「はあ?」

部屋に一人でいるのに思わず声に出してしまった。
だって、なんだこのメールは。

そう思ってあきれたけれど、私は心を広くして、昨日学校を早退して今日学校を休んでいた泉の心境と、 自分が風邪をひいて休んだときのことについて思いを巡らせてみた。
重たい頭と熱い体。
布団に潜り込んで聞く、誰もいない家の静けさ。
テレビをつけると見慣れないワイドショーがやかましい。
おもしろくもないから結局電源を切って眠りに落ちるけど、夜になると一日眠りこけていたツケが回ってきて目が冴えてしまう。
まあ、「暇」だろう、確かに。

そう思ったので私はきちんと返信してやることにした。
「トランプでもやる?」と打ち終えてから送信ボタンを押す。

少し経って携帯が震えた。
メールではなく電話だった。

「もしもし?」
『電話越しにどーやってやるんだよ、トランプ』
「じゃーしりとり?」
『小学生か』

いつも通りのテンポの応酬だ。
たぶん声もいつも通り。
そうは思ったものの一応確認してみる。

「風邪は?」
『おー。治った」
「熱下がったの?ヤバかったんだってね、昨日」

昨日の朝、会うなり田島が「泉休みだとよー」と元気よく教えてくれた。
「熱高いらしーぞ、お前見舞い行ってやれよ!」とも言われたけど、それはまあスルーでいい。

『ヤバイつっても38℃越えしただけだけどな。もー下がったし』
「そりゃよかった。で、何さっきのメール」
『まんまだけど』
「暇だったら私にメールすんのかい、君は」
『そーだけど』
「……あそ」

さも当然のように泉に言い切られて、私のあきれもなんだか消えてしまった。
あの一文字メールが、泉のかまってメールだということはわかっていたから。
「かまって」というか、「かまえ」のほうがよりふさわしいかもしれない、泉の場合。
「暇」のあとの空白部分で、あぶり出されるのを待っている「だからかまえ」という文章が私には見えたんだと思う、そして泉もそれを知っていたんだと思う。

『授業進んだ?』
「そりゃ進むよ」
『あー。ノート写さねーと。めんどくせぇ』
「がんばれ」
『投げんな。貸すのはお前だ』
「ほかに友達いないのかよ」
『まともにノート取ってそうなヤツはな。よそのクラスに行きゃいるけど』

確かに泉たち野球部連中は同じ運動部、バスケ部とかテニス部とかの元気いいやつらといつもつるんでいて、 その連中の誰一人として人に貸せるノートを持ってそうなやつがいない。
私よりよっぽどきれいにノートを作ってそうな子(男子にしろ女子にしろ)と比べれば、私のほうが仲がいい。
わざわざほかのクラスに借りに行く手間もいらないし。
そうやって考えていけば確かに、私はいちばん都合のいい位置にいるみたいだ。

「あ、てゆーか単語テスト返ってきたよ」
『単語テスト?ああ、おとといの?』
「うん。半分取れてなかったら課題だって」
『げ。マジで』
「自信のほどは?」
『だるくてそれどころじゃなかったし』
「ご愁傷さまー」

めんどくせぇ、と電話の向こうで泉がこぼす。
悪態も本調子に戻ったみたいだ。
とはいえ病み上がりだし何より電話代は泉もちだし、あんまり長電話になると悪いなと気を利かせてやることにした。

「まーがんばれ。もー切るよ?明日も英語あるし予習やらにゃ」
『おー。がんばって予習しろよ。俺のノートのために』
「あー。そういや暇はつぶせた?」
『おお。暇つぶすならやっぱお前だな』
「いらないし、そんなポジション」
『喜べよ、レギュラーだから』

暇つぶしにちょうどいい相手、という位置に私が納まるのにどういう経過をたどったんだろう。
よくわからないけど。
確かに私にも、ああ泉と話したい、と思うときはあるけど。
女友達と男友達で付き合い方を変えている気はないから、やっぱりそういうの抜きで、泉は独特の位置にいるんだろう、私のなかで。
私の位置も、泉のなかでそんな感じなんだろう。たぶん。

「ベンチでいーよ。田島と代わる」
『アイツとだと俺が暇つぶしに使われんだよ』
「自分だって私を利用してんじゃん」
『人聞きわりーな、利用って』
「じゃーパラサイト?」
『オメーを食いモンにした覚えはねーよ』
「あー。キリないし。切るよ?」
『おー。じゃな』
「ん。お休みー」

電話を切ってぱかんとたたむ。
気づけばはだしのままだったので、私は眠るとき用の靴下に手を伸ばした。