◆やきもちを妬いて(?)みる



友達とのじゃんけんに負けて、自販機に飲み物を買いにいく途中だった。
昇降口のところで泉を見つけた。
ほとんど反射的にかけそうになった声を呑み込んだのは、泉が女の子と話していたからだ。

女の子は茶色っぽい髪をおだんごに結んでいる。
かわいい子だというのが遠目でもわかった。
なんとなく見たことある子だと思うんだけど、名前が出てこない。
誰だっけ。

そんなことを思って進みかねていると、ご両人は「じゃーサンキュな」「はーいよろしく」と言葉を交わし合い、 女の子のほうが私のほうに向かってきた。
球技大会一日目、全校生徒のご多分にもれずジャージ姿の彼女を、すれ違い際にちらりと横目で見てみたけれどやっぱり名前を思い出せなかった。
考えているうちに、女の子の後ろ姿を見送ったらしい泉と視線がかち合った。

「おー」
「おう。お疲れ」

お前ら何一年坊主に負けてんの、といきなり言われる。
さっきのバスケの試合、対1年2組戦の話だろう。

「イヤこっちも一年坊主だから。てーかアレほぼ全員経験者だよ、反則に近いって」

言い返しながら、自販機で友達に頼まれた烏龍茶を買う。
自分用のは炭酸のレモンジュースにした。
夏になるとたまにものすごく炭酸が飲みたくなる瞬間があって、今はまさにそのときだった。

がこん、とやたら大げさな音を立てて落ちてきたペットボトルを取り上げながら聞いてみる。

「さっきの子って誰だっけ?」
「さっきの?ああ篠岡?」
「篠岡……どっかで聞いたような」
「ウチのマネージャーだよ」
「……あー」

ボトルのふたを開けた、ぷしゅっという音とほぼ同時に思い出した。
何回かうちのクラスに野球部員を訪ねてやってきたことがあるんじゃなかったっけ。
それで見たことがあるんだった。

「8組だっけ?体育いっしょな気がする」
「8じゃなくて7組。つーか俺も喉渇いた」
「なんでそれを私に言う」

自分で買えよ、と言って二口目のジュースを口に含んだ。
しゅわしゅわする。
冷たいのが飲めるのは今だけだ。
瞬間的にときどき飲みたくなるものの、500のペットを一時に飲んでしまえるほど私は炭酸に強くない。
すぐにお腹がいっぱいになって中断して、時間を置いてから、ぬるくなって気の抜けたそれを片付ける羽目になる。

「今カネ持ってねーもん。つーか、昨日の祝いにジュースくらいおごったって罰当たんねーぞ」
「昨日?ああ、初戦突破ね。そーいやおめでとう」

私しか持っていないペットボトルで乾杯のしぐさをしてみせる。
今朝の教室は、野球部というか田島と、いつもいっしょになってふざけいる運動部のやつらと昨日野球部の応援に行っていた連中のおかげでえらい騒ぎになっていた。
去年の優勝校に1年生10人で勝ったというのがどれほどすごいことか、想像はついているつもりだ。
しかし昨日の試合は私の想像を上回る熱戦だったらしく、 私を含む応援に行けなかった組にはちょっと疎外感を抱かせるほどの盛り上がりっぷりだったのだ。
そもそもノリがいいのが多いこのクラス、 浜田くんが誘い上手だったこともあって、過半数が観戦に行っていたらしいし。
別にそのせいではないけれど、田島や浜田くんたちといっしょに熱狂の渦の中心にいた泉と言葉を交わしたのは、今日これが初めてだった。

「祝う気あるならそのCCレモンよこせ」
「イヤこれは私のだから。ところで三橋くんは大丈夫なの?」
「あー。今日は休みらしいから、昼休み田島と様子見に行くんだ。ついでにカレー」
「カレー?」
「三橋んちの昼飯がカレーなんだと」
「……様子見っていうか、カレーがメインなんじゃん?」
「エースもカレーもどっちも大事」
「あそ」

カレーと同格っていうのが泉のなかでどれほどの位置を占めているのかがよくわからなかったから、私はとりあえずうなずいておいた。

「じゃー三橋くんにお見舞いだ」

体調不良にはビタミンCだよ、と言いながら、私は100円玉を2枚自販機に投入し、ビタミンウォーターのボタンを押した。
がこん、と3本目のペットボトルが落ちてくる。

「ほい」
「俺今炭酸飲みたかったんだけど」
「だから三橋くんにだって」
「んなもん昼休みにゃぬるくて飲めねーだろーがよ」

居直った泉が、渡したジュースを勝手に開封して飲んでしまう。
まあ、野球部の初戦突破祝いだから誰が飲もうと別にいいんだけど。

「それに三橋にはコレがあるし」

泉がコレと言ってひらひらさせたのは、薄っぺらいB5の紙だった。
何それ、と聞くと、昨日の試合の反省会ノートのコピーらしい。
試合後ぶっ倒れてミーティングに参加できなかった三橋くんへ。
さっきのマネージャーさんが持ってきてくれたそうだ。

「へー。気の利くマネージャーさんだねえ」
「まーな」
「かわいいしね。よかったね」
「まーかわいいだけでも困るけどな。その点篠岡は確かに優秀。かわいいに越したことねーし」
「……ほめるじゃん泉」

ちょっと驚いた。
何につけても憎まれ口を叩かずにはいられないようなやつなのに。
これはさっきの篠岡さん、相当できる子らしい。

ジュースをまた一口あおった泉が、大きい瞳をくるりとこちらに向けた。

「妬いてんの?」
「……なんでそーなる」
「お前が篠岡のこと気にしてっからだろ」
「人気急上昇だからってうぬぼれんなよ」
「え、俺?」
「てゆーか野球部全体?あと浜田くんもかなー。昨日観に行った子たち、9組以外も結構騒いでるよ?」

やっぱり田島っていいかも、とか、三橋くんが意外にかっこよくてさ、とか、 7組のあの子前からかわいいと思ってたんだよね、とか、イヤ球児はやっぱり坊主でしょ、とか、 ていうか学ランていいよね、とか。
クラスの柵が取っ払われている本日球技大会、クラス内外問わず女の子の会話がよく耳に入ってくるのだ。
泉くんもカッコよかったよ、あんたも見にくればよかったのに、みたいなことも言われた。
わざわざご丁寧に。

泉は興味があるのかないのか「ふーん」と薄い反応を示してから、「それで妬いてんの?」と繰り返した。
口の減らない男だ。

「何なの、あんたはそんなに私に妬いてほしーのか?」
「イヤそれはそれでウザイ。でもまったく気にされないのもつまんね」
「……何それ」

ジュースを飲みながらうそぶく泉はあくまでも平然としていて、私はあきれた。

「めんどくさい男だねえ」
「男はみんなめんどくせーんだよ」

泉が知ったふうな口を叩く。
そうだとしたら、嫉妬はしないけど同情はすると思う、そんな男どもを相手にしなければいけない篠岡さんに。
早くしないとせっかく買った烏龍茶がぬるくなって友達に文句を言われるので、 「私教室戻るけど」と言うと「俺も行く」と泉はついてきた。

「お前は試合観にこねーの?」
「部活なきゃ行ってもいーけど。てか次は平日なんでしょ?」
「その次は夏休み入ってんぞ」
「次で負けたらナシじゃん」
「縁起でもねーこと言うなよな」

気に障ったらしく、泉がちょっと眉をそびやかした。
おかしかった。
淡白を気取っていたって、泉は根っこのところはものすごい負けず嫌いだ(と思う)。

「あーじゃー次の次ね。勝ってて部活なかったら観に行くわ」
「勝っててが余計だっつの」

ややいまいましそうに指摘するその声を、ジュースを飲みながら聞いた。
ほんとにめんどくさいヤツ。
そう思った感触はけれどそう不快なものではなくて、飲み下した炭酸とともにしゅわりと溶けた。