◆泉くん誕生日



泉が告られた。

それはセオリーどおり、泉の誕生日のことだ。
昼休みになって、前日の口約束をちゃっかり覚えていた泉が、ちょうど私に食べ物をたかりにきていたときだった。
泉呼ばれてるよとクラスメイトに声をかけられて、きょとんとした泉と同じ方向に視線をやると、 教室の出入り口のところにひとり、よそのクラスの女の子が立っていたのだ。

セオリーどおり、なんて言ったけど、誕生日という名目があったって、告白するほうはとても勇気がいったことだろう。
泉を見つめ返した女の子はとても、緊張した面持ちをしていた。



「で、どーすんの?」
「どーしよ」

言葉だけ聞けば頼りなげだけれど、わりと平然とした顔で泉はそう言った。
いつもの泉の顔だ。

泉が、肉まんとあんまんとピザまんのなかで三者択一を迫られずに済む状況って憧れるよな、 とか言い出したので、帰りにコンビニに寄った。
泉はひとまずピザまんから取りかかり、私はホットのレモンティをほっかいろ代わりに抱えていた。

「早く返事したげなよー」
「つっても、今日まで見たことなかったやつにいきなりスキとか言われてもなー」
「じゃあ第一印象は?」

不意の訪問者は確か2組の子だそうだ。
(聞いてもいないのに友達が教えてくれた。)
中学も違うし体育もいっしょにならないし、確かに私も知らない子だった。

泉はピザまんをかじりながらちょっと考えて、「顔はけっこ好み、かな」と言った。
正直なやつだ。

「面食いめ」
「悪ぃかよ」
「いや悪いとは言わんけどさ」

泉の場合きっと、顔がおきれいなら何でもいいとは言わないだろう。
見かけは予選で、そのなかでも性格のいい子がいい、みたいな。
いちばん好みがぜいたくなクチだろう、たぶん。

「でもあれでしょ、とりあえずメル友からなんでしょ」
「あー。でもメールって何話しゃいーの。知らねーやつと」
「だーから。お互いを知り合うためのメールでしょーが」

泉は珍しく素直に、けれど他人事みたいに、「ふうん」ともぐもぐつぶやいた。
私も黙ってレモンティを飲んだ。

11月、冬なのだ。
寒い。
中学のときみたいにスカートが強制でないだけマシかな、と思うけど。
泉に告白した女の子は、ふわんとしたかわいいスカートをはいていた。
この寒いのに。

「なんかめんどくせーな」

不意に泉が言い放った。
そばのゴミ箱に、ピザまんの紙をぽいと放り入れて。

「何が?」
「その、オタガイヲシリアウメールってやつ」

棒読みで私の言葉を引用して、泉は次に肉まんに取りかかった。
まだほかほかと温かそうな。

「だって知らない子なんだからしょーがないじゃん」
「だからそれがもーめんどいんだよ」
「ならやめれば」
「オウ、やめとこ」

泉の怠惰な態度にあきれて思わず言ったことに、泉がすんなりうなずいたものだから私のほうが慌ててしまった。

「いや、ちょっと、んな簡単に」
「んだよ、お前がやめればつったんじゃん」
「えーやめてよ、私が言ったからやめるみたいなの」
「別にそれだけじゃねーし。ホントにめんどくせーの」
「いーじゃん、メールくらい。してみなよ、案外気ぃ合うかもしれないよ」
「お前どっちだよ、やめろつったりメールしろつったり」

泉にじろりとにらまれた。
どっちと言われても、と私はむっとした。

「私の意見はどっちでもいーでしょが。告られたのは自分じゃん」
「だからソーダンしてんじゃん」
「んなこと相談されてもねー。泉が自分で決めなよ」
「だから、めんどくせーからやめるって言ってんじゃん」
「……あそ」

なんだ、今の堂々巡りの議論は。
ばかばかしくなって、私はふいとそっぽを向いた。

「いーの?顔は好みなんでしょー?」
「見る分にはな」
「何それ」
「付き合ってうまくいくかわかんねーもん」
「だからまずはメル友から、ってだめだ、振り出しに戻る!」

もう口出しすんのやめよ、と思って、私はレモンティをぐいとあおった。
泉は黙々と肉まんをかじっている。
悩んでるのか何なのか知らないけれど、今日の泉は輪をかけてめんどくさい気がした。

そしてふと気づく。
違うかも。
同じところをぐるぐる回る会話のメリーゴーラウンドに陥ってしまうような、 めんどうくさい対応をしてるのは私のほうかもしれない。

やべーな、という、泉の声が隣から聞こえた。
すいと視線を戻すと、泉はやっぱりいつもと変わらない顔をしていた。
その表情に、泉が告白されて、でも動揺を、していたのは私のほうなのかもしれないと、思った。

「何が?」
「お前といんのがあんまり楽過ぎてさ」

11月の夜空を仰いでいた泉の大きな瞳が、くるんとこっちを見た。

「お前以外のヤツと付き合える気がしねんだけど」

泉の手のなかにはまだ、誕生日プレゼントと称して私が買ってやったあんまんが残っていた。
きっと私なら3つのうち最後に食べるなとひそかに思っていた、あんまんだ。