◆泉くん誕生日の続き



いやいやいや、と思った。
ので、口に出した。

「いやいやいやいや。泉くん」

ちょっと。
落ち着きなよ。
それは泉に向けたと同時に自分に向けた言葉でもあった。

「別に俺は落ち着いてんよ」
「いやいやいやいや、落ち着いてないって」
「なんだそれ。つーかお前が落ち着けよ」
「あんたのせいでしょうが!」

レモンティのペットボトルがべこっとへこんだけれど、泉は素知らぬ顔で最後のあんまんにかぶりついた。
確かに泉は落ち着いている。
それも必要以上に。
その落ち着きはさっきの爆弾発言とぜんぜん似つかわしくない。
私がこんなふうに慌ててしまうのは、だからだ。

「あのねえ、泉」
「んだよ」
「冗談?」
「さっきの?」
「うん」
「いやマジだけど」

ごくあっさりと泉は言った。
ますますもってとんでもない。

「いやいやいやいや」
「だからなんだよ、それは」
「おかしいって。告ってるみたいに聞こえたもん」
「待て待てそれはちげーだろ。お前のことスキなんて一言も言ってねーぞ」

だから落ち着け、しっかりしろ。
あんまんをかじりながらもぐもぐと泉は言った。
それこそ落ち着き払った、重みのある言い方だった。

泉のその言葉を聞いて、なんだこいつ、と私はちょっと呆然としてしまった。
ひょっとして、と気づく。
泉は、ここ半日ほどの私の動揺を余すところなく見透かしていたのだろうか、ひょっとして。

ぽつぽつ耳に入ってくる噂話で泉がそこそこもてるってことは何とはなしに知っていたけど、告白されるのは初めてで(少なくとも私が知る限りでは)、その相手がいかにも泉の好きそうな正統派に整った顔の子で「アイツこの顔だけでオッケーなんじゃね?」と思ったことも、泉がその子と付き合いだしたりしたらたぶん今みたいには、できないんだろうなあとか想像したことも、それはちょっと寂しいかなあなんて感じたことも、でもこっちはあくまで友達なんだからなんでこっちの態度まで改めなきゃいけないのよそんなの逆に意味深じゃんって開き直ったことも、それでも気を使うべきだよなあ友達としてというか人間として、とか殊勝に考えたことも、わかっていたのだろうか。

早々にあんまんを食べ終わり、包み紙をくしゃりとつぶした泉は黙りこくった私を見た。

「落ち着いたか?」

小馬鹿にしたような視線と声音だった。
むかっとしたのと恥ずかしさが込み上げてきた、そしてそのなじみのある感情を覚えて気づいた、おお、これがいつもの私だわ。

「……おかげさまで!」
「そらよかった」

泉がけけっとばかりに笑った。
こいつたぶん、わんぱくというかやんちゃというか、そういうのだったんだろうなあ、と思う笑い顔だ。
16にもなったというのに。
夜空を見上げるようにして、私は残りのレモンティをぐいと飲み干した。

「それで結局どーすんの。あの子」
「いやだからそれは断るって」
「……そっか」

ふんわりしたスカートからのぞいていた膝。
あの子は泉の彼女になれない。
たぶん、友達にも。
途端に気の毒に思ってしまう私は現金なのだろうか。
そんなことを考えていると「安心したかー?」と泉が言った。

「いや、そこで安心っていうと感じ悪いでしょうよ私」
「まあしばらくは安心してれば。引退するまでは野球がコイビトだろーしな」

じゃあ私は?
聞かないけど、そう聞いたら泉はきっと「友達」と答える。
その言葉そのものは使わなくても、きっとそのニュアンスをもった答えをくれる。
それは確信で、そのことに確かに安心して、いつか泉にかわいくて性格もいいすてきな彼女ができたらいいなあなんて優しいことを考えることができた。
かわいくて性格もよくて、ついでに私を泉の友達として認めてくれるような、すてきな彼女だとさらにいいなあとも、思うけど。