◆田島誕にかこつけた泉くん誕生祝いだったもの



あー、と声を上げたのは、休み時間中、開いた携帯の画面に浮かんでいた今日の日付を見たからだ。
授業が終わって起立、礼を終えるなり、机に突っ伏して、全力で寝てます、みたいな姿勢だった泉がごそごそと顔を上げ、迷惑そうに「なに」と言った。

「いやー。明日、田島の誕生日だなーと思って」
「そうなん?」

泉はたいした関心もなさそうにまぶたを持ち上げ、「なんで知ってんの」と言った。

「やー、やつは小学校のときから有名人だったからね」

その有名人は今、泉と同じように、窓側の席で、背中を丸めて机と仲良しになっている。
(私の席からほぼ真横に視線をやれば、三橋くんも同じ体勢になっているのが見えた。野球部はたいがい、休み時間を睡眠に当てている。)

今のところ、田島は私が出会ったなかでいちばん運動神経のいい人間だ。
スポーツのできる男子っていうのは放っておいてもある程度人気があるものだけど、田島は運動神経プラス、あの裏表のない明るいキャラクターで、ある程度以上の人気を博していた。
モテる、というよりも、人気がある、という言い方がふさわしいような好かれ方を、田島はした。
だから田島の誕生日は、同中出身の子たちならだいたい頭に入っいるデータなのだ。

泉は眠たげな顔をして、「へー」と言った。
ふあ、とあくびをしながら「なんかやんの?」と泉が聞いた。

「田島に?や、特に予定はないけど」
「ふーん」

泉はまた、自分から話を振ってきたくせに、無関心そうに相槌を打ち、伸ばした腕に頬をぺったりとのせた。
そのまま目をつぶったので、もう一寝入りするのだろう(休み時間はあと一、二分だったけど)と思い、会話を終えたつもりだった私は携帯をいじった。
部活の先輩から連絡のメールが来ていたから、それに返信を打とうと思ったのだ。
すると突然、「俺は11月」という声が隣から聞こえてきたので、私はまた、目線を携帯の画面から泉に移した。
泉は目をつぶったまま、いかにも睡眠中です、みたいな顔をしている。

「何が?」

聞き違いだったのかと思いながら私が言うと、聞き違いではなく、泉は「誕生日」と短く答えた。

「あー」

私はまた間延びした声を上げた。
何かの弾みで田島がうれしげに教えてくれた、泉の誕生日の日付を思い出したのだ。

「いいにくの日だ」
「おー」
「覚えやすいよね」
「おー」

生返事みたいに泉が言ったとき、チャイムが鳴った。
おおいけない、次は古文だ、と思いながら私は机から教科書とノートを引っ張り出した。
隣で、泉ものっそりと体を起こし、机から教科書を出そうと椅子を少し引いた。
自分の机の上に授業の準備が整ったとき、ふと気づいた。
横の、まだ眠たそうな顔をしている泉のほうを向いた。

「え、覚えとけって話?今の」
「いや別にそーゆーわけでもないけど」

じゃーどーゆーわけよ。
そう聞こうとしたとき、古文の先生が教室に入ってきて、チャイムと号令に区切られた一コマがまた始まった。