◆栄口くん、いっしょにおにぎり
日曜日の朝6時半。
私の右側に立っていた勇ちゃんが、あきれたように言う。
「なんでキミのはそんな丸くなっちゃうわけ?」
私たちの前にはお皿が一枚ずつ置いてある。
私のが左、勇ちゃんのが右。
左には丸いおにぎり、右には角の丸い三角のおにぎり。
今日は勇ちゃんの弟くんの小学校の運動会です。
部活があるので、栄口家でただ一人それに行けない勇ちゃんは、せめてお弁当だけにでも参加するため、せっせとおにぎりを握っているわけです。
早朝から台所に立って。
私はそのお手伝い。なんだけど。
「うるさいなあ。食べたらいっしょでしょー」
「そりゃそーだけど……。なんでできないの、三角」
手を三角にすりゃいーだけだよ?
言いながら勇ちゃんは、日に焼けた手を言葉通り山の形にして、きゅっきゅとおにぎりを握った。
ホラ、と言ってお皿に置かれたそれは、確かにきれいな三角形。
なんておいしそうな、わかめご飯のおにぎり。
それを横目で見て、真似をしてみる。
手を山型にして、きゅっきゅ。
そっと手をはずすと、うん、これは、えーと……何角形?
「なんでそんなふーになんの」
「……知らない。いーよもー。丸くても食べられるんだし」
勇ちゃんに「信じがたい」みたいな視線をいただいたそのおにぎりを、私はお団子みたいにくるくる丸めた。
「はい、出来上がり」
なんておいしそうな、ゆかりご飯の、(真ん丸の)おにぎり!
三角に握り損ねた球形のおにぎりが並んだ左側のお皿を眺めているときに。
「篠岡はキレーに三角にできるのに。あんなでっかいの、握るの大変だろーにさ」
勇ちゃんの口から、野球部の優秀なマネージャーさんの名前が出た。
「じゃー千代ちゃんに手伝ってもらえばいーじゃん」
むっとしながら手のひらでおにぎりを転がす。
いけないいけない、あんまり力いっぱい丸めると、ほんとにお団子みたいな硬さになってしまう。
「イヤ無理でしょ。篠岡は俺の彼女じゃないし」
「じゃー千代ちゃんに彼女になってもらいなよ」
「それもムリ」
「そーだよね、千代ちゃんみたいなかわいー子が勇ちゃんの彼女になってくれるワケないもんねー」
十五夜の月みたいに丸くできたおにぎりをお皿に置くために手を伸ばしながら、
精一杯とげとげしく聞こえるように私が言うと、「そーじゃなくて」という声が返ってきた。
「好きでもない子、彼女にできないだろー?」
俺が好きなの篠岡じゃなくてお前だもん。
私の手から離れたおにぎりが、ころりとお皿に転がった。
恐る恐る右側を見る。
ぱちりと目が合って、その瞬間、握り始めに炊き立てのご飯を触ったときよりも、熱くなった。
手じゃなくて、顔とか、顔とか顔とか。
しかも勇ちゃんも(きっと私と同じように)真っ赤になってるし。
「もー、自分で言って照れるくらいならそゆこと言わないでよう!」
「うるさいなあ!つーかなんでそんな野球ボールみたいになんの、おにぎり!」
「しょーがないでしょ、三角になんないんだから!」
「もー、なんで俺、こんなおにぎり三角にもできない子が彼女なんだろ」
「好きって言ったじゃん!」
「言ったけどさ!」
「……姉ちゃん。あーゆーの、痴話喧嘩ってゆーんだよね」
「……そーだね」
「朝かららぶらぶですねー」
「ですねー」
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