◆栄口くん誕生祝いだったもの
明日の夜台所使ってもいい、と聞くとあからさまにいやな顔をされた。
お菓子もいいけど、ちょっとは普段のご飯も手伝ってくれたらいいのに、と嫌味はついたものの、だめだとは言われなかったのでそれを許諾の言葉ととる。
「高校生になったんだから」
リビングを出がけに背中で聞いたその言葉に込められているのが、高校生になったんだからちょっとは手伝いをしてほしいわ、という意味だけではないと知っていた。
わかっているんだかわかっていないんだか、わかっていてわからないふりをしてるんだか、ともかくばかみたい、と思う。
高校生になったからって、どうしていろんな人たちが自分と幼なじみの男の子を引き離したがるのか、ちっとも理解できなかった。
母親にしろ、男の子本人にしろ。
腹を立てたら負けだ、と思いながらも腹を立てて、自分の部屋へ向かう。
ベッドの上に投げ出してあった携帯を取り上げる。
本当は走れば十数秒で行き着ける男の子の家に向かいたかったけれどそれは我慢した。
確かにそれは、「高校生になったから」だとは思う。
でも今、こんなに声が聞きたいのは、小学生でも中学生でも高校生でも、きっとそんなの関係ない。
ボタンを押してコールの音を聞きながら、お風呂入ってるかな、それとも寝ちゃってるかな、と思う。
こんなにご近所さんなのに、まるで遠距離恋愛をしているみたいだ。
顔を合わせていないと、何百キロも離れたところにいるような気がする。
ぷつりと音が途切れて、「……もしもし?」という、普段よりいくぶん低い、やや不機嫌そうな声。
ほっとして「もしもし」と応える。
『え、なに?どしたの』
眠っていたのだろう、そんな声だ。
申し訳なく思うでもなく「ごめん、寝てた?」と言いながら、ただ声が聞けたことに満足した。
ちっとも優しく思いやるなんてことができない。
でもきっと彼のほうもそんなことは知っている。
『寝てたよ。……つーか、なに?』
「いやー。明日のケーキ、何がいいかなーって」
『ケーキ?』
「うん、勇ちゃんのお誕生日のケーキだよー」
わざと無邪気に言ってみる。
母親と同じように彼も言うのだろうか。
今年はもういいよ、と。
もう高校生なんだから、と。
嘘だ。
彼がそんなことを言わないと知っているから聞いてみた。
確認してほしかった。
自分が、ではなくて彼に。
彼はちょっと沈黙して、それから「作るの?」と言った。
目をつぶる。
彼のそんな逡巡がさびしかった。
「作るとも!」
だから元気よく答えた。
ほかの場合ならどんなに冷たくされてもいいとこの際思う。
でもこの行事だけは譲れないと心に決めていたし、願ってもいた。
また少し黙ってから、んー、という声が聞こえる。
『なんでもいいよ、おいしければ』
「えー。いつもおいしいの作ってるでしょー」
うれしくて笑う。
そーだっけ、と答える彼の声に笑いが混じっているのがわかったからだ。
どれくらいの確率だったのかは知らない。
そばで生まれて大きくなってこられたことを感謝する、一年に一度の日くらいはいっしょに祝ってほしい。
苦笑いでも困った顔でもいいから笑って。
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