◆花井家、とある日の夜



風呂から上がって、飲み物を飲もうとリビングへ向かう。
肩からかけているタオルでさえ重く感じるような、くたくたのぼろ雑巾みたいになった体は、 ドアを開けた瞬間に聞こえた、妹たちの高い声にむぎゅ、と押し潰されそうになった。

「ばっかじゃないの!?」
「あすかこそなんっでそんな夢がないの!?」

見ると、似たような二つの顔が同じような表情を浮かべてにらみ合っている。
鏡みてえ、とは、そんな様子を何百回と見てきた兄の持ちくたびれた感想である。

「夢とかそういう問題じゃないっつの!何年後の話だと思ってんの?
真琴なんてとっくに死んじゃってるよ。バカじゃない?」
「だって再会しないと報われないじゃん!かわいそーだと思わないの?ねえ、お母さん!」

はるかがぐるんと振り返った先では、母が洗濯物をたたんでいる。

「わかってないわねー、あんたたち二人とも。
あのセリフはね、もう会えないってわかってるけど、でもああいうふうに言った、
っていうのが切なくていいんでしょー」
「ええーなにそれー」
「なんで会えないってわかってんのにあえて言うの?意味フメーじゃん、千昭」
「男にはね、できないってわかっててもできるって言わなきゃいけないときがあんの」
「ふうん」
「覚えときなさい、あーゆーときにあのくらい言ってくれない男なんて絶対ろくでもないんだから」
「ふーん」

「……なんのハナシ?」

やっとこさ長男は、母と妹たちの会話に割り込むことができた。
あ、おにーちゃん、いたの、なんて声が重なる。

「あ、ねー、お兄ちゃんだったらどーする?」
「は?」
「そーだ、お兄ちゃんだったら何て言う?」
「へ?」
「え、やだどーしよう。お兄ちゃんちゃんと答えてよ。お母さん、ろくでなしに育てた覚えないからね!」
「だーからなんの話だよ!?」

いきなり、どうするだ何て言うだろくでなしに育てた覚えはないだと言われても、さっぱり話が見えない。
長男が大きな声を出すと、女三人きれいに声をそろえて。

「時をかける少女」
「……なにそれ」

結局、話は見えない。