◆妹視点で花→モモ



「ねーお兄ちゃん、喉渇いたー」

コンビニ寄ろうよ、と、隣を歩く兄のポロシャツの裾をつんと引っ張った。

図書館からの帰りだった。
夏休みの宿題の読書感想文、その本を選ぶのに、兄に付き合ってもらったのだ。

キャップの目庇の下で、兄のつり目が面倒くさげにこっちを見る。

「家まで我慢しろよ」
「いーじゃん、暑いしー。アイス買って?」
「今喉渇いたっつったじゃねぇか」

軽く舌打ちをされたけれど、狡猾な妹はそんなことではめげない。

「ねーねー、いいでしょー?コンビニー、アイスー」

対兄の場合、こんなふうにしつこく粘ったが勝ちだ。
母に対してこの戦法は弾き返されるし、双子の姉に関してはお話にならない。
今日の図書館行きだって、「せっかくの休みに……」とかなんとかぶつぶつ言っていたけど、結局こうして付き合ってくれているのだから。
押しに弱いんだよねー、と、妹は分析する。

「あーうっせ。一個だけだぞ!」
「やた!」

兄の力強い腕に抱きつくと、「暑ぃんだからくっつくな!」と怒られる。
それでもこの、とんがって見せても根は優しい兄が本気で嫌がってるのではないと知っているので、 妹は「はいはい」と機嫌よく返事をしながら、兄の腕を引っ張るようにしてコンビニの自動ドアをくぐった。



「あれ。花井くん?」

そう声をかけられたのは、アイスのコーナーで買ってもらうものを物色していたときだった。
目を上げると、そこには長い髪をアップにした、背の高いきれいな女の人が立っていた。

「う、わ」

その人を見つけた兄が、口のなかでそんな声をもらしたのを妹は聞き逃さなかった。
瞬時に帽子を取って、恥ずかしいような大きな声で「ちわっす!」とあいさつをしたって。

女の人はにっこり笑って「ちわっす」と返した。
そして兄から妹へと視線を移す。

「妹さん?」
「あ、はいっ」

聞かれたのはきっと自分なのに、慌てたように答えたのは兄だった。
そして急に、ぐいと後頭部を押される。

「え、ちょっと、なに!」
「なにじゃねえ、あいさつ!」
「あはは、いーよ花井くん」

笑い声がすると兄の手が緩まって、顔を上げることができた。
女の人はまぶしいような笑顔のまま、「こんにちは」と妹に向かって言った。

「……コンニチワ」
「仲いーんだね、二人でお出かけ?」
「え、や、別に、そんなんじゃないっすけど」
「お兄ちゃんしてるんだねー」

えらいえらい。
そんなふうに言われて、兄が「はあ」とやや曖昧に返事をした。
妹はそんな兄の様子を、じーっと、眺めていた。





「ねー、お母さん」
「んー?」

夕食後、兄は部屋に引っ込み、双子の片割れは風呂へ行き、母は後片付けをしていた。
彼女自身は、昼間兄に買ってもらったスーパーカップを冷凍庫から取り出して、それを食べようとしていた。

「今日さ、お兄ちゃんの監督さんに会ったよ」
「え、どこで?」
「コンビニ」
「あ、そー。ちゃんとあいさつした?」
「したよ。で、なんかさー」
「なに?」
「お兄ちゃんさー」
「あ、おもしろかったでしょー。あんな若い女の人に向かって、びしっと礼儀正しくなっちゃって」
「んー、ていうかさー」
「ていうか?」

スプーンを口につっこむと、甘いバニラの味が広がる。
コンビニで見た、どこかどぎまぎした兄の横顔。

      好きな人に偶然会っちゃった、みたいな感じだったよ」