◆水谷家、きよえさんと水谷姉(フライング)
テレビを見ていた。
夕食後、母と2人で。
野球部で毎日遅くまでしごかれている弟はまだ帰宅していない。
テレビからは人気長寿バンドの、5、6年前に大ヒットを記録した名曲が流れている。
ただしそれは原曲ではなく、歌っているのはひょうきんなライブパフォーマンスに定評のある男性ボーカリストではない。
見ている番組は、数年前に放送していた人気バラエティ番組の復活スペシャルだ。
高校生を中心とする若者のアカペラグループが、パフォーマンスを競い合う、という内容の。
別に特別見たい番組ではなかった。
ちょうど秋の番組改編の時期で特別番組しかやっていないし、
歌を聴くのは基本的に嫌いじゃないからなんとなく見ていただけだ。
今歌っているのはリードボーカルの甘い声を売りにする大学生のグループだ。
聞きやすい声だけど、インパクトはないかなーと思いながら見ていた。
それより何よりアレだ、顔がいまいち好みではない。
文句をつけるくらいなら、さっさと風呂に入るなり部屋へ行って明日の予習するなりしたほうが有意義だとはわかっているが、
一度ソファに身を沈めてしまうとなかなかそんな気にもならない。
めんどくさいなと思っていると、「上手だけど」と言う声がぽつりと耳に入った。
ドーナツ型のクッションに座って、ローテーブルに両肘をつき、黙ってテレビを見ていた母の声だ。
テレビ画面を見つめる横顔に視線を向けると、母は娘にというよりも独り言のようにつぶやいた。
「顔は文貴のほうがかわいいよね」
出たよ
娘はげんなりとそう思うと、ソファから起き上がる。
その気配に気づき、母は「あれ、最後まで見ないの?」とこちらを振り返った。
その年甲斐もなくいたって無邪気な顔を見て、娘は溜め息をつきたくなる。
「おかーさんさあ」
「んー?」
「そーゆーの、よそでは言わないでよ」
「え?なんでー?」
「勘弁してよねもー」
ほんっと親バカなんだから。
そう思いながら、「え、だってちゃんと見てよおねーちゃん、文貴のほうがかわいいでしょ?」と同意を求めてくる母を残して、娘はリビングを出た。
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