◆家ではスーパーアイドル



「ただいまー!!」

元気のいい声が玄関先から聞こえてきた。
田島家の子どもたちは往々にしてこんなふうに、高らかに帰宅を告げるが、末っ子の場合は特にそれが顕著だ。
広い家の隅々まで      台所にいる母や、二階にいる姉や兄たちにはもちろん、 もうだいぶ耳の遠くなったひいじいひいばあにも聞こえるようにという配慮があるのかないのかはわからないが、 末息子の語尾に感嘆符がふたつつくのはもはやデフォルトだ。

「あ、帰ってきた」
「よし、お鍋火ぃ入れるね」
「ばーちゃん、お箸とってお箸」

末っ子の声に台所がにわかに活気づく。
普段から、よく言えば小さな王さま然としている、
ざっくばらんな言い方をすれば猫たち犬たちと同じようなマスコット的役割の息子なので、 彼が帰ってくるとみんながみんないそいそと出迎えたくなる。
けれども今日は、より特別な日なので。

「ただいまスキヤキー!!」

すき焼き鍋に牛脂を溶かし始めると、台所の戸がぱーんと威勢よく開かれた。
本日めでたく16歳になった田島家の末っ子が、 3歳のときとも10歳のときとも変わらぬ満面の笑顔を浮かべて立っていた。

「おかえり」
「悠くんおかえりー」
「うっわ、今年も大漁じゃーん」

祖母や姉や義姉たちに口々に声をかけられている息子は、 毎日持って出る学校用兼部活用の大きなかばんのほかに、ひとつ大きな紙袋をさげていた。
大漁という姉の言葉を受けてか約束どおり夕飯がすき焼きなのがよっぽどうれしいのか、 彼はにこにこと機嫌よく「おう!!」と答え、その袋を誇らしげに突き出して見せた。

この末息子は家族内だけではなく外でも人気者なのだ、驚いたことに。
甘やかし過ぎたのではないか、周りの子たちになじめないんじゃないかと、 母などは内心はらはらしていた時代もあったのだが、そんな心配は年々きれいさっぱり解消されていった。
学校で性格的な面を咎められたことは一度もない(成績の面はさておき)し、 野球のことではほめられたことしかない。

もっと驚いたのが誕生日やらバレンタインやらのイベントのときで、 3人の男の子のなかでいちばんたくさんプレゼントをもらってくるのだ、この末っ子は。
兄たちは口をそろえて「ありえねー」を繰り返すのだが、 姉たちに言わせれば「私が同級生でも悠にならチョコあげる」とのことらしい。
何かしら人を惹きつけるところがあるのだろう、と母は大まかに推測して納得している。

「やっぱ今までいちばん多くない?」
「さすが、テレビに映る男はちがうねー」
「そーなの、それに今年はヤローからももらったしさ!」
「野球部の子たち?」
「そう!あ、そーだ、コレはお母さんにあげる!!」

彼は唐突に言うと、袋を床に置き、いちばん上に置いてあった小さな包みを取り出した。
はい、と突き出されたのは、英字がプリントされた薄茶色の、小洒落た紙袋だった。

「え、なに?なんでお母さんにくれるの?」
「これがいちばんゴーカかなって思ったから!!」
「ごうか?誰から頂いたの?」
「水谷、ってーか水谷のおかーさん!手作りのケーキなんだって、すごくね!?」

母はきょとんとし、娘たちと顔を見合わせた。
この息子はときどき、こんなふうに突拍子もないことを、さも道理に適ったことであるかのように実行することがある。

「悠がもらったんでしょ?悠が食べなさいよ」
「でも俺の誕生日なんだから、お母さんもプレゼントもらうべきかなって思ってさ!!」

やっぱり前の部分と後の部分のつながりがよくわからない。
重ねて問いかけようとすると、小さな包みがさらにずいと突きつけられた。

「お母さんありがと!!」

そばかすの浮いた顔いっぱいで笑って息子は言ったかと思うと、 「んじゃー俺フロ行ってくるかんね!スキヤキよろしく!!」とぴゅっと台所を出て行った。
絶句した女たちを残して。



「……あれま」

沈黙を破ったのは祖母の小さな笑い声だった。

「悠もずいぶんと大人んなったねえ」
「ほんと。やだ、私まで感動しちゃったし」
「ていうか、やっぱりいー子ですよねえ、悠くん」

この子も悠くんみたいになるように協力してくださいねお義母さん、と、出産を来年に控えている息子の嫁が目立ち始めた腹を触りながら笑った。

「えー姉さんやめときなよ、あんなの家に2人もいたらうるさくってしょーがないよ?」
「通知表はペンギンとアヒルばっかりだしねえ」

こちらは実の姉たちが憎まれ口をたたくが、どちらも顔は笑っている。
母も笑いながら、手渡された包みをエプロンのポケットにしまった。

お礼を言うのはこっちのほうかもしれないと思う。
ひょっこり生まれてきたあの末息子は、いつだってこんなふうに、てらいのない素直さで家族に笑いをもたらしてくれた。
思いがけなかった高齢出産をひょっこりと表現するのもおかしな話だけれど、 5番目に生まれてきた息子に関しては本当に、神さまが授けてくれた当たりくじのプレゼントのような気がしている。

「はいはい、じゃーお肉入れちゃいましょうね」
「はーい」

娘たちの明るい返事が響き、台所にいい匂いが広がり始める。
もうすぐ息子がカラスの行水を終えて出てくるだろう。
田島家全員で、末っ子の誕生を感謝し成長を祝うのだ。

水谷さんにも今度会ったらお礼言わなきゃ、と思いながら、割り下を鍋に加えた。