星が降った日
「おばちゃーん、ただいま!」
ちゃんは元気よく言いながらドアを開けた。
それはまぎれもなく我が家のドアで、ちゃんの家のドアは3軒先にあるはずなんだけど、
ちゃんは「ただいま」と言う。
うちはちゃんの第二の我が家なのだ。
だからうちのお母さんも、娘である私とちゃんを「お帰りなさい」って言いながら一緒くたに迎え入れる。
「おばちゃん聞いて聞いて!大変!」
「え、なーに?あら、どうしたの」
ちゃんに支えられながら帰ってきた私は、玄関にくたくたと座り込んでしまったのだ。
もう、ほんとに、何がなんだかわからない!
ぽかんとして私を見下ろしていたお母さんが、「あ」と小さく声を上げる。
「まさか!」
「そう!そのまさか!はついにやったよおばちゃん!」
「そーなの!よかったじゃないー!がんばったねえ」
じゃあ今日はお赤飯ねえ、と、お母さんはうれしそうにのんきに笑っている。
娘の気も知らないで!
私が黙って憤慨していると、ちゃんが「ねーおばちゃん」と声をかけた。
「結果聞かないの?」
「結果なんてどうでもいいのよちゃん。がきちんと阿部くんに気持ちを伝えられたってことが大事なの。
ほんとよかったねえ、。これでちゃんと新しい好きな人見つけられるじゃなーい」
結果なんてどうでもいいの、っていうかお母さん。
断られてること前提だよ、そのセリフ。
まあ、でも、それも無理はない。
玄関にへたり込んだまま、私は思った。
「ほらほら、落ち込むことないでしょ。初恋は実らないって相場が決まってるんだからー」
「え、おばちゃん違うじゃん。の初恋は小3ときじゃん」
「あー、2組の佐々木くんね!あのときもこの子ったら意気地なかったわよねー」
「ああ、あんなにケーキ練習したのにね。結局誕生日に渡せなかったんだよね」
「そー。私あのとき2キロも体重増やしたっていうのにねー!太り損だったわー」
「もう!人の頭の上で人の初恋話に花咲かせないでよ!」
あまりにも理不尽な会話に、やっと声を出すことができた。
ああごめんごめん、とお母さんは両の手のひらを合わせる。
ごめんのポーズだけど、顔は笑ってるから謝ってるように見えない。
「まあ、でもいいじゃない。あのときとは違って今度はちゃんと当たって砕けられたんだから。
それだけあんたも成長したってことよ」
「それがさあ!おばちゃん」
ちゃんが声を高くする。
「当たったけど砕けなかったみたいよ?」
「え?」
間の抜けたお母さんの声。
「じゃあ今日から俺の彼女な。て、言われたんだって」
「 っえええ!?」
驚きの声を上げますけど、お母さん。
いちばん驚いてるのは私なんですよ。
ちゃんにぜんぜん似てない声真似で再生してもらうまでもない。
阿部くんの言葉は私の頭の中でリピートしっぱなしだ。
じゃーお前、今日から俺のカノジョな
……冗談、ですよね?
「いやー、阿部くんは冗談言わないでしょ」
「や、やっぱり……?」
場所は玄関からリビングへ。
お皿に開けたポテトチップスをつまみながら、ちゃんは言った。
「私もよく知らないけどさ。言わなさそう、見た感じ」
「じゃ、じゃあどういう意味なのかな……!?」
「てゆーか普通にOKて意味なんじゃないのー?」
「そっ、そんなはずないもん!」
どん、という音といっしょに、烏龍茶が入ったグラスが揺れた。
もー危ないでしょ、とお母さんににらまれるけど、だって私はそれどころじゃないの!
勢い余ってテーブルだってたたきたくなるよ!
「だって阿部くんが私の告白にOKくれるわけないもん!」
「そんな自信満々に言わんでも……」
「自信満々だよ!だって私の存在なんて知ってるはずないんだもん!」
会話するどころか、あいさつだって高校に入ってから片手で数えられるくらいしかしたことないもん!
よく考えれば情けないことを、私は断言した。
でもほんとのことなんだからしょうがない。
「じゃー来るもの拒まず主義とかー?」
「阿部くんはそんな軽い人じゃないよ!」
「そうよねえ。いかにも硬派!って感じだもんねえ」
「いやーわからないよ?意外に遊び人だったりしてー」
「やめてよちゃん!阿部くんはそんな人じゃないんだから!」
私の知る限りでは、中学時代、阿部くんには付き合っている人なんていなかった。
……あくまで私の知る限りでは、だけど。
阿部くんの入ってた野球のチームは強いところだから、きっと練習も毎日あるんだろうし、土日もほとんど休みなんてなかったんだろうなって思う。
だから阿部くんが遊び人なんて、絶対に絶対にありえない!
「阿部くんは野球一筋の人だもん!野球以外のことなんて興味ないんだよ!」
「……そんな野球馬鹿のどこがいーのよ、あんたは」
「私はそーゆーところに憧れてたんだもん!」
これといった特技も趣味もなくて、ただなんとなく毎日を過ごしてた。
学校に行って授業を受けて、ほどほどに部活をがんばって、習い事に行って、家に帰ってきたら宿題をこなして。
周りのみんなだってそうだと思ってたし、それが普通なんだって思ってた。
でも阿部くんを見ているうちに、そうじゃないんだなって気づいた。
十年そこそこしか生きていなくたって、世界のなかからこれひとつ、って、これひとつあればいい、って選べる人も、選んで、選び続けている人もいるんだってことを、知った。
それがすごくかっこいいって思った。
「阿部くんはのお星さまだもんねえ」
お母さんがピッチャーを持ち上げて、ちゃんのグラスにお茶を足しながら言った。
「ぶ、お星さま……!阿部くんがお星さま……!」
「笑わないでよう!」
「ごめんごめん」
すっごい似合わない表現だなと思ってさ。
謝ってるけど、ちゃんはまだ肩を震わせて笑っている。
「あーでもそうか。お星さまね」
「な、なに」
「だからそんなにびっくりしてるんだよね、は」
「そうそう。私だってびっくりだものー」
今日は絶対残念パーティになると思ってたから、夕飯の好きなメニューばっかりなのよ。
そう言ったお母さんとちゃんが、テーブル越しに、にこにこにやにや笑い合う。
「え?」
「お星さまに手が届いちゃったもんだから、そんなに信じられないんでしょ?」
手が届いた?
私が?
阿部くんに?
私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
がたん、と大きな音がする。
「そんなわけないっ!」
「ああもう!床に傷がつくでしょ!」
お母さん、私は今床なんかに気をつかってる場合じゃないのです。
自分の心の傷のことで手一杯です。
「阿部くんが私なんかのこと彼女にしてくれるはずないんだよ!」
「じゃー『俺の彼女な』の真意はなによ?」
「きっ、聞き違いだよ聞き違い!絶対聞き違い!」
そうだよ、阿部くんが、こんな、なんの取り柄もない私のことを、彼女にしてくれるなんてありえない。
そんなことわかってたのに、自分に都合よく聞き間違えたりして!
なんて自意識過剰なの!
恥ずかしい!
そう思うとまた立っている気力もなくなってしまって、私はお母さんが起こしてくれた椅子に座り込んだ。
「もー恥ずかしくて明日から学校行けないよ……」
「なに言ってんの。そんなに信じられないならもう一回本人に確認して確信するしかないでしょー」
「……確認?本人に……?」
「そーだよ、明日阿部くんに聞けばはっきりするじゃん」
ねー、と、お母さんとちゃんは仲良く言い合うけれど。
「ねえ私、どんな顔して教室に入ったらいいの!?」
「ええー?なにそれ今更ー」
「だ、だって私……」
告白することばっかり考えて、そのあとのことってぜんぜん考えてなかった……。
思わず頭を抱えてしまう。
「や、やだよ!阿部くんに合わせる顔なんてない!」
「なくても合わせるしかないじゃん。おんなじクラスなんだしー」
「もーやだなんで同じクラスなのー!?」
「4月にはあんなに興奮してたくせに、難しい子ねー」
「ねー」
もう一度そう言い合って2人同時にお茶を飲む。
「私の一大事だっていうのに、2人ともなんでそんなに落ち着いてるのー!?」
「一大事ったって」
「ねえ」
「2人ともひどいー!」
わめきながら私は、明日なんて永遠にこなければいい、と真剣に願った。
……まあ、願ったところで、朝はちゃんとやってきてしまうのです。
当たり前だけど。
ほんとの本気で休みたかったけど、もちろんお母さんはそんなこと許してくれない。
(うちのお母さんは友達みたいなお母さんだねってよく言われるけど、あくまで「みたい」なだけ。
本業はちゃんと、正真正銘のお母さん。)
とぼとぼと学校へ向かい、胃をきりきりさせて教室へ向かった。
野球部は朝練があって、朝のホームルームぎりぎりまで阿部くんは現れないから、それだけが唯一の救い。
阿部くんはいつも、予鈴が鳴ってから野球部の3人(花井くんと水谷くんと、篠岡さん)といっしょに教室に入ってくる。
私の席は、廊下側から数えて2列目、後ろから数えて2番目。
阿部くんが入ってくる教室の後ろのドアの、すぐ近く。
そして隣の席が、水谷くんだったりする(水谷くんの席はいちばん廊下側の列の、後ろから2番目)。
水谷くんはすごく明るくて話しやすい人で、席が隣同士になってから私によく声をかけてくれる。
いつもにこにこしてて楽しい人だなって思う。
そんな水谷くんは、毎朝教室に入って席に着くとき、私にもあいさつをしてくれる。
篠岡さんは同じ中学出身だから(クラスは違ったけど)、顔は知ってるしあいさつくらいしたっておかしくない。
だから私は水谷くんが「さんおはよー」って言ってくれると、うまくいけば、
阿部くんに、というのではなく、阿部くんを含めた野球部の4人に向かって、という気持ちで朝のあいさつを返せるのだ。
席替えの直後はそんなことですごくうれしくて舞い上がったけど、今日は憂鬱だ。
朝からいきなりいやなことに対面しなきゃならないなんて。
ああ予鈴なんて一生鳴らなければいい!
……って思ったところで、タイミングを計ったみたいに予鈴が鳴った。
これはいやがらせ?
教室中に、移動する音席に着く音が溢れる。
緊張で心臓が締めつけられてるみたいに苦しい。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
とりあえず、今日はあいさつしない。
水谷くんにあいさつされても、絶対に後ろを振り返らない。
真横の水谷くんにだけあいさつすればいいんだ。
断じて後ろは見ない
「さんおはよー!」
「 っ!?」
名前を呼ばれた拍子に振り向いてしまった。
私のバカ!
と、後悔したところで遅い。
「おはようー」
「はよ」
「ふいー、ちかれたー!」
水谷くんは早速机に突っ伏していて、
その後ろを朝からまぶしいような笑顔の篠岡さんと、
見上げる背の高さの花井くんがそれぞれあいさつをしてくれながら、通り過ぎて。
そして。
阿部くん、が、教室に入ってきた。
少し眠たそうな阿部くんの目と、目が、合ってしまう。
心臓が止まる、と思った。
「あー。はよ」
「……え……?」
私が、私に向けられた、たった2文字の言葉の意味を理解する前に、
阿部くんはさっさと自分の席へ行ってしまった(阿部くんの席は窓側から2列目の、いちばん後ろ)。
阿部くん、普通、だった……
すごく、普通だった。
いつもとなんにも変わってなかった。
少なくとも私が気づく限りでは。
……どうなってるの?
まさか昨日の、私が告白したことからして夢?
いったい何がどうなってるんだろう、と私が軽く混乱し出したとき、先生が教室に入ってきた。
「はい始めるよー」
「きりーつ」
いつもどおりの言葉。
それに続く、いつもどおりの委員長の号令。
椅子の音。
ばらばらとしたあいさつ。
みんなが着席するのにまぎれて、私はそっと阿部くんを盗み見た。
頬杖をついた姿も、無表情な顔も、いつもとなんにも変わらない。
私、ちゃんと告白した、よね……?
先生が連絡事項を伝える声を右から左に聞き流しながら、私は考える。
それは絶対夢ではない。
でも阿部くんはいつもどおり。なんの変化もない。
ということは、阿部くんにとって、私の気持ちなんてほんとに、取るに足らないことだった、ってこと。
そうだよね……
よく考えれば当たり前だ。
阿部くんにとって私は、ただのクラスメイト以下の存在で、そんな子が阿部くんのことをどう思っていようと阿部くんにはなんの関係もない。
バカだ、合わせる顔がないなんて。
私がどんな顔をしていようと、阿部くんにはどうでもいいことだったのに。
ひとりで緊張してひとりで脱力して、ほんとバカ。
ものすごい虚脱感に襲われて、私は机にもたれかかった。
疲れた。
「はい、じゃあこれで終わり。今日も一日しっかりやってください」
お決まりの先生の言葉でホームルームが終わる。
1時間目の授業の準備をする音 席を立つ音、ロッカーを開け閉めする音で、また教室がざわめき出した。
1時間目、ってなんだっけ。
そう思うくらいには、私の頭は回ってなかった。
朝からフル回転だったから、もう充電なくなっちゃったよ。
はー、と息をつきながら、机の横にかけたバッグを取って、教科書を探し出そうとした、ときだ。
「」
手が止まった。
私の前の席は、女の子だ。
でも今の声は女の子の声じゃない。
て、いうか。
「 っ!!」
そろそろと視線を上げた私は、相手の顔を見た瞬間、椅子ごと後ろに後ずさった。
椅子の背と、後ろの人の机がぶつかって、がん、と音がした。
あ、あああああ、阿部くん!
「ああわりぃ。驚かした?」
絶句した私が、よっぽどひどい顔をしていたのだろうか。
前の子の椅子に座って体を後ろ向きにした阿部くんは、ちょっとびっくりした顔をしている。
あ、あああ、阿部くんが!今、私に話しかけた?私の苗字、呼んだよね……!?
「なあ、聞いてる?」
私の声はどこかに行ってしまったらしい。
口を開けても声が出ない。
ともかく何か反応を返さなきゃ、という一心で、私はかくかくと首を縦に振った。
「お前携帯持ってる?」
は?
なに?携帯?
なんで?
浮かんできたはてなで頭のなかがいっぱいになる。
私がぽかんと見つめ返していると、阿部くんの眉間が狭くなった。
「おい。ほんとに聞いてんのか?」
「っ、え、っあ、はいっ」
「携帯だよ、け、い、た、い!持ってんの持ってねぇの、どっち?」
「も、持ってるっ」
「じゃー出してよ」
言われるままに、私はポケットから携帯を取り出した。
阿部くんも自分の携帯を取り出して、ぱかっとそれを開く。
「赤外線できる?」
「え、あ、でき、る……」
「じゃー俺送るから。あとでメールしといて」
阿部くんは、まるで業務連絡みたいに淡々と言ったけど。
私にはまるで理解できない内容だった。
これは、いったい、どういうこと?
「阿部ー。お前なにさん恐喝してんの?」
水谷くんがひょっこり顔を出した。
阿部くんが、なんだかとても迷惑そうな顔をする。
「んだよ恐喝って」
「だってさんちょー怯えてるよ?
てゆーかなんでいきなりメアド交換しよーとしてるわけ?あーやしーなー」
「あやしーもなにもねーだろ。付き合ってんだから」
無造作に、当たり前のことみたいに、阿部くんは言った。
水谷くんは口をあんぐり開けて沈黙した。
私の脳みそも心臓も、きっと今度こそ停止したと思った。
「っえええええ!?」
水谷くんが立ち上がって大声を上げる。
私もぜひともいっしょに絶叫したいんだけど、残念なことに声が出ない。体も動かない。
「うるっせえよお前……」
「ちょ、え、なに!?つきあってるってお前なにそれ!?」
「だーから。俺の彼女なの、こいつ」
めんどくさそうな口調の阿部くんの右手の人差し指は、間違いなく、私を、さしていて。
(思わずちらりと後ろを確認した。後ろの男の子の席は空席だった。)
「はああああ!?うそだろ!?」
「うそじゃねぇよ」
「だって阿部、俺そんなん聞いてねーぞ!?」
「は?なんっでお前にいちいち報告しなきゃいけねーんだよ」
「何それ!それが友達に、チームメイトに対する言い草ぁ!?」
「あーもーうぜえ!ちょっとどっか行ってろ!」
「つーかいつから!いったいいつから2人はそんなことに!」
「昨日」
「超タイムリー!なんだよそれ!そういうことはもっと早く言ってよ!」
「だからなんでお前に……って2回も言わすな!つかうぜえんだよ消えろ!」
「もーうぜえとか消えろとかマジ傷つくからやめてよー!」
「あー水谷!ちょっと落ち着け、席に着け!」
阿部くんと言い合っていた水谷くんを引っ張って、椅子に座らせたのは花井くんだった。
たった今気づいたけど、どうやら、今の2人のやりとりはクラス中に響き渡っていたみたい、で。
「なあ花井は知ってた!?まさか俺だけ仲間はずれ!?
いけないんだぞそーゆーの!いじめの始まりなんだぞ!俺が三橋みたくなってもいーのか!?」
「いーからちょっと黙っとけって! で、阿部さ」
「んだよ」
「フリーズしてるぞ、」
そのとおりです花井くん。
私はさっきから、携帯を手に持ったまま、動けなくて。
阿部くんの視線が私に戻ってきて、ぎくりとする。
「あー。準備できた?赤外線」
「 え?」
「……えじゃなくてさあ」
あきれたように阿部くんは言い、「もーいーよ、ちょい貸して」と私に右手を突き出した。
あ、阿部くん、手、大きい……
回らない頭にそんな感想が浮かんで、阿部くんのてのひらをぼーっと見ていると、「携帯。貸してっつってんだけど」と低い声で急かされて慌てた。
「う、え、あ、はいっ」
反射的に差し出した私の携帯を受け取ると、阿部くんは仏頂面のままそれを開いてボタンを操作し始めた。
「阿部お前、人の携帯勝手に……」
「だって早くしねーと授業始まんだろーがよ」
恐る恐る、みたいな花井くんの言葉に、阿部くんはびしっと切り返した。
そりゃそーだけど、という花井くんの声はしりすぼみに消えていく。
確か花井くんは、キャプテンだったんじゃなかったかな?
私がそんなことをぼんやり考えているうちに、阿部くんはてきぱきとふたつの携帯を操作し終わったらしい。
「うし」とつぶやくと、「ん」と短く言って私の携帯を机の上に置いた。
そのときちょうどチャイムが鳴った。
「うわギリギリ」
そう言って阿部くんが立ち上がる。
「そっちのメアド、もう俺のに入ってっから。メールしなくていいよ」
「……あ、は、はい」
「……さー、その敬語やめろよ?タメなんだからフツーにしゃべれ」
じゃーな、と言うと、阿部くんは自分の席に帰っていった。
花井くんがちらりと私に視線をよこして、そのあとに続く(花井くんの席は阿部くんの隣だ)。
私は阿部くんの後ろ姿を見送って、それからそのまま視線を自分の携帯に移した。
ボタンを押して、アドレス帳を開いてみる。
探す必要なんてなかった。
1ページ目、ア行のページの、上から3番目。
そこにあるのは確かに。
「席着いてー。授業始めるよー」
先生が教室に入ってきて言ったけれど、私はしばらく携帯をしまうことができなかった。
(席が後ろのほうでよかった。でなきゃきっと没収されてしまっていた。)
画面に浮かぶ、「阿部 隆也」の4文字から目を離せなかったんだ。
これも夢?
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